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ゆうちゃん
レビュアー:
楽器を通じた戦前の暗い日本と現代のヨーロッパの不思議な縁。楽器を壊すと言う野蛮な行為が冒頭に絵が帰れるが楽器は音楽家にとって命と同じくらい大切なもの。楽器を通じて魂の修復が為される。
かもめ通信さんの書評を読んで手にした本。

主人公は、水澤礼。1938年と言う暗い時代から始まる。彼の父・悠は時代の雰囲気に流されない英明な考えの持ち主で、中国人の留学生3人と弦楽四重奏団を結成して渋谷のある文化会館で練習していた(1938年当時、日中戦争は既に始まっている)。その日の練習曲目はシューベルトの弦楽四重奏曲「ロザムンデ」。第一楽章がやっと何とか及第の仕上がりになったところに、田中伍長が従えた兵隊が踏みむ。悠は練習に連れてきていた息子の礼を箪笥に隠すのがやっとだった。彼らは悠たちを怪しい連中だと決めつけ難癖をつけは始める。一緒に演奏しているのは中国人であることも状況を不利にした。悠は音楽の練習をしていただけだというが、田中伍長は弁明に聞く耳を持たず「天皇陛下の兵隊に無礼だ」と言い、あろうことか悠の弾いていたヴァイオリンを取り上げ踏みつけてしまった。遅れてやってきたクロカミ中尉は、音楽に非常に理解のある人で、悠の立場に立って事情を聞いてくれる。そして悠に音楽の練習をしていた証拠として一曲所望しバッハのガヴォットを弾いてもらった。クロカミは、彼らを放免しようとしたが上官の大尉が尋問した者を全員連行せよというので、仕方なく田中に四人を連れてゆかせた。ひとり残ったクロカミは、何の気なしに開けた箪笥に少年がいるのを見て驚いたが、すぐ悠の子だと悟り、壊れた悠のヴァイオリンを差し出す。
そして時は流れ、礼はフランスでヴァイオリン職人になっていた。名前もジャックとなっている。彼の人生の目標のひとつは父のヴァイオリンの修復である。有名になり客がついて生活にゆとりが出た1970年からこれに取り組んだ。そのヴァイオリンの修復も一段落したころ、同棲相手のエレーヌからベートーヴェン国際音楽コンクールで優勝した日本人ミドリ・ヤマザキの名を聞く。そして彼女との間の不思議な縁が次第に明らかになってゆく。

昨今のニュースを見ると、本書の次の言葉が心に響く。
生とはつまるところ最終的な死への疾走で、どうして生を謳歌し豊にするどころか、率先して傷つけるようなことをするのか。どうして愚かな戦争を繰り返し、無慈悲に大量殺戮を繰り返すのか。塹壕で最期を遂げた兵士たち、絶滅収容所に閉じ込められ、処刑された人々、餓死した人々、大量殺戮兵器で逆殺された人々。どうしてこれほどの極悪非道が許されるのか(226~227頁)。

そして音楽が平和に享受できることのありがたさを噛みしめる。田中伍長は無知の象徴である。楽器はそれを弾くものにとって身体も同じ。それは踏みつけにするという冒頭の場面は読んだだけで許しがたい。その楽器の再生は、(身体ではないが)魂の再生だという著者の主張には完全に同感である。ヴァイオリンには表と裏の板の間に張力を持たせることで響きをよくする魂柱というものがある。それによって響きが変わるのだからそれは魂であり身体で言えば最も大切な部分でもある。本書は、容易に人間の魂と身体に通じる楽器を修復し、楽器職人を主人公にした珍しい小説である。
「音楽が・・・普通の人の耳に入ってくるには、音楽を作る作曲家、音楽を弾く人、楽器を作る人が必要で、この三人の協力がないと、音楽は聞こえない」(124~125頁)。

普段、楽器を作る人は見過ごされがちだが、大切であることは言を待たない。実は楽器メーカーには音楽大学を出た優秀な人がたくさんいる(自分はフルートの調整を毎年メーカーに依頼するが、調整したての響きの改善具合の良さと言ったら・・)。

本書は、シューベルトの「ロザムンデ」の各楽章の雰囲気に合わせてかかれているようだ。第一楽章は不穏な感じでありそれが第一部に相当する。有名な第二楽章は、第二部のジャックすなわち礼のフランスでの比較的平穏な暮らしに充てられる。第三、四楽章の曲想と小説の内容の親和性もまたしかり。音楽に寄り添って書かれ、その大切さを構成でも示した優れた小説である。本書は日本人である著者がフランス語で書き、自ら日本語訳したものだ。著者の日本語版向けの「訳者」あとがきという書き方からして本人の几帳面できっちりした性格がよく表れている。著者は楽器職人ではないが、主人公はある意味著者の分身。楽器職人はまさに几帳面な人でないと務まらないだろう。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1689 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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