少し前にTwitterを賑わせていた作品。
そもそもは、作品自体への注目というよりも、作品に対する評論に対し、作者自身が異を唱え、その経緯が注目された形である。
作品は作者初めての私小説的作品で、故郷の父の病状が悪化し、亡くなる前後を綴ったものである。作者は長らく故郷に帰っておらず、父母との仲も非常に円満というわけではない。が、父の危篤をきっかけに、とりあえずは帰郷し、母への配慮もしながら、父を見送る。母は娘(作者)に故郷に戻ってきてほしい意向も匂わせるが、娘はそれを断る。故郷は異質なものを受け入れず、同化しないものはある種、「抹殺」してしまう社会だからだ。
表題の「少女を埋める」とは、故郷に伝わる人柱伝説の中で、旅芸人の美しい少女が、(大げさに言えば謀略に掛かって)埋められる話を指す。生贄としてささげられるのは、多くは、共同体の一員ではない。飛びぬけたものを持つ異分子なのだ。
問題となった評論で、評者は介護という括りでいくつかの作品を紹介していた。
その1つとして本作を挙げ、娘を「ある種のケア放棄者」と呼び、母が「弱弱介護の密室で」「夫を虐待した」とした。
作者はこの評論に反論する。これでは実在の「母」が介護虐待をしたというレッテルを貼られてしまう。評論が掲載されたのが朝日新聞であり、地元の高齢者の多くが読む(そして得てして鵜呑みにする)媒体であるという、いささか特殊な事情もあった。訂正がされないのであれば、以後、朝日新聞社との仕事関係は絶つとまで表明し、周囲も巻き込む論争となった。
論争を受けて、ネット上で作品の2/3ほどが掲載された。いささか気になったので、掲載誌で全文を読んでみた。
個人的には、作品中に明確に介護虐待の記載があったとは思えなかった。父母が過去に不仲であったことを思わせる娘視点の記述はあったが、それが即、介護時の虐待に結び付くようなものではなかった、と一読者としては思う。
興味を持ったのは、論争がきっかけではあるが、全体を読んでみる気になったのは、そればかりではない。これはなかなかにヒリヒリする話である。
娘(≒作者)はケア放棄者というよりも、故郷を捨てた者である。ここにいては潰される、ここでは「自分」としては存在できない。ここは異分子を認めない場所だから。
直木賞も取り、東京でやっていけるとなった頃の挿話がすごい。一人っ子であった娘に両親は言う。結婚してよその家に入るくらいなら、シングルマザーでもいいから子供を産んでくれれば、うちで育てるから、と。特に名家でも本家でもないのに。
そういえばうちの田舎で、同級生に医院の一人娘がいた。彼女はなかなかの文学少女だった。詩や短歌など作るような子で、国文学を勉強したいと希望していたが、結局は医学部に行った。その後、まさにシングルマザーになって家に戻り、医院を継いだと聞いた。そんなことも思い出させるような田舎の閉塞感が描き出される。
母は少々エキセントリックなところがあり、娘は父よりも母に反発する部分が多かったようでもあるが、これは必ずしも母娘の相克の物語でもない。母は枠にはまり切らない部分を持ちつつも、田舎の共同体で生きることを選び、それを貫き、父とも添い遂げた。
違う生き方を選んだ娘は、反面、その母の生き方も、ある意味で尊重している、のではないか。それがゆえの今回の騒動だったようにも思うのだ。
作品の中の母の姿は、それはそれですごいもののように思うのだが、そうはいっても介護虐待という一線を踏み越えたことをしてはいない、そこを強く主張せずにはいられなかったのだろう。
田舎の家父長制の中で、「埋め」られるのは「少女」なのである。このあたりもなかなか象徴的である。
私は桜庭一樹のよい読者とは言えないし、この先もそうはならないのではないかと思うが、本作には何だか凄みを感じる。
実は本作は、さらにこの評論による騒動を巡る顛末を描く続編が書かれているそうで、いずれそちらも読むかもしれない。
分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
この書評へのコメント
- p-mama2021-10-17 20:59
あ…なんかぽんきちさんの書評が分かるような…。
なんて、おこがましいですね。
田舎の異分子はよく分かります。
私は田舎育ちでは無いけれど、ずっと居場所のない感じが続いていて同窓会とか行きたくないし、行かない。15才前の自分はいないことにしたいくらい。これはただの中2病で自意識過剰なのは分かっているけれど。
どうして作家は私小説を書きたくなるのでしょうね。
今、毎日新聞の日曜版に山田詠美氏が私小説っぽい連載をしていて、これもヒリヒリするような赤面するような感じがして。
日曜日が待ち遠しいです。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2021-10-17 21:36
p-mamaさん
生まれ落ちた境遇をよしとするかしないか、という意味では、田舎に限られた話ではないのかもしれないですね。
桜庭さんは私小説的なものとしてはこれが初めてのようで、まぁやっぱりそのきっかけとなったのはお父さんの死の前後の出来事なのだろうとは思います。
私小説というのはうまく書けていればいるほど、モデルを傷つける可能性があるのだろうと思います。本作でも「介護虐待」は描かれていないにしても、これ、自分が「お母さん」だったらどう思うかなぁ・・・とやはり思ってしまいますね。
それを作家の「業」と言ってしまってもよいのかもしれないですけど、そう片付けてしまうのにもいささか躊躇いがあります。
山田詠美さんも一貫して「型に嵌められる」(≒「埋められる」)ことに抵抗してきた人でしょうかね。連載、迫力がありそうですね。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- ページ数:0
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