ぷるーとさん
レビュアー:
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「龍潭譚」「沼夫人」「さゝ蟹」「黒百合」「蠅を憎む記」「海神別荘」「髯題目」「幻往来」「眉かくしの霊」「玄武朱雀」「薬草取」。澁澤龍彦が編集した泉鏡花の短編集。
収められている11作品のうち、未読で書評を上げていない作品の感想を。
「龍潭譚」
躑躅に覆い尽くされた山の奥へ一人で行ってはならぬと姉に言われていたのに、こっそり一人で行った少年。斑猫を石でつぶそうと夢中になっているうちに、隠れ里に迷い込む。
斑猫の毒で顔が変わり、探しに来た姉に我と認めてもらえなかったもどかしさ、悔しさ。神隠しにあった子は気がおかしくなっていると、戻ってからひどい扱われ方をした悲しさ、悔しさ。
隠れ里の女性は、鏡花の理想の女性なのか。隠れ里に迷い込むというモチーフは、胎内回帰を暗示しているのか。
だが、この隠れ里の妖しさがさらに増すと、『高野聖』になるのだろう。
「沼夫人」
小松原の過去と現在の出来事が大雨に絡んで交錯する、幻想というよりホラーに近い作品。小心者のくせに豪胆なところを見せようとする小松原の性格描写が巧み。夜半に降る雨が、凄みを与えている。
鏡花には水に関する幻想が多いが、『沼夫人』は水の幻想の代表ともいえる作品だという。決してきれいではない水は、小松原と夫人の関係、鼈は夫人の執念を表わすものか。
「さゝ蟹」
彫刻師の叔父が亡くなり叔母と従兄弟が困窮しているのに、裕福でありながら一切援助してくれない夫に対してお京が取った行動。
腕が良かった叔父は加賀藩細工方の流れをくむ彫金師だった父親、お京は母親がモデルだといわれている。
「蠅を憎む記」
幼児の口元に執拗にまとわりつく蠅の描写があまりにも繊細過ぎて少し寒気を覚えるほど。「あゝ、姉が居なければ、少くとも煩つたろう」とは、言い得て妙。
「髯題目」
多才な落語家で高座で雁にさらわれた男の話をして羽織の袖をひらひら動かすと魔法がかかって客まで身体が浮いてあがるとまで言われ、藩主の前でしばしばお茶を戴いて引出物を賜わるほどだった葛城三太郎は、時代が変わり歳もとると、娘が身売りした金で細々と暮らすしかなくなり、その娘が死んでしまったいまでは、有り金なくなったら死ぬまで、と覚悟を決めている。
この三太郎を訪ねてきた巴波川(うづまがわ)灘丸も、かつては自分専用の寄席を持っていたが、今ではしがない幻燈師で、何とか糊口をしのいでいる。二人は、かつては人気を博した仲間たちの零落ぶりを話しては嘆く。
二人の知人の女芸人 小燕は、芸人を続けて落ちぶれるよりはと、大金持ちの粂屋に嫁いだが、姑の執拗ないじめに苦しめられている。一度は飛び出したものの行くあてもなく、ある覚悟を決めて粂屋に戻る。
下級民と蔑まれている芸人の、意地をこめた意趣返し。だが、それは、あまりにも悲しい。
「幻往来」
医学生だった滝は、医書を買おうと外出して一台の駕籠とすれ違い、乗っていた美女に一目惚れした。
その美女は、結核で入院するところだった。医学生であることから、女性の名は知れた。一年後忘れられずに病院に行ったが、もう治る見込みもないということで家に戻ったという。
この女性のことが忘れられない滝が、病院の門番の道士のような老人から教わった不思議な術。
滝の思いは通じたのか。肺病の美女はどうなったのか。鏡花らしい、妖しい怪談。
「玄武朱雀」
霜が凍てつくような寒月の深夜。
宵口の喧嘩を引きずって、再三相手が住む長屋に押しかけ、鳶口で板戸を壊そうと暴れる若者。鳶装束の夜回り二人組。深夜に屋台の鮨屋の客となる近在の文学士。その鮨屋に立ち寄った先程の夜回りの一人はなんと男装の娘。娘と文学士のやりとり。通り過ぎる夫婦の芸人。去っていく夜回り二人、その会話。空には、冴えざえとした寒月。
月天心貧しき村を通りけり
季節も月が見下ろす景色も違っているかもしれないが、これもまた、月夜の貧しくも美しい世界。
解説で、山尾悠子は、この作品は澁澤龍彦の密かなお気に入りではなかったか、と書いている。
「薬草取」
「玄武朱雀」までが澁澤龍彦のセレクトで、最後の「薬草取」は山尾悠子によるプラスアルファ。
高坂は、9歳のとき母親の病気を治したい一心でただ一人医王山に行き、3ヶ月間神隠しにあった。母親は少年が持ち帰った花を飾ったお陰か、その後小康を得て5ヶ月後に亡くなった。
20年後、医学生になった高坂は、大切な人の病気平癒のため再び医王山に登り、道すがら花売りの娘に行き会う。
さまざまな花が咲き乱れる医王山の美女が原、美しい娘、隠れ里、おどろおどろしい山賊、と幽玄と野趣が混じった不思議な世界。師である尾崎紅葉の病気回復を願って書かれたという。
「龍潭譚」
躑躅に覆い尽くされた山の奥へ一人で行ってはならぬと姉に言われていたのに、こっそり一人で行った少年。斑猫を石でつぶそうと夢中になっているうちに、隠れ里に迷い込む。
斑猫の毒で顔が変わり、探しに来た姉に我と認めてもらえなかったもどかしさ、悔しさ。神隠しにあった子は気がおかしくなっていると、戻ってからひどい扱われ方をした悲しさ、悔しさ。
隠れ里の女性は、鏡花の理想の女性なのか。隠れ里に迷い込むというモチーフは、胎内回帰を暗示しているのか。
だが、この隠れ里の妖しさがさらに増すと、『高野聖』になるのだろう。
「沼夫人」
小松原の過去と現在の出来事が大雨に絡んで交錯する、幻想というよりホラーに近い作品。小心者のくせに豪胆なところを見せようとする小松原の性格描写が巧み。夜半に降る雨が、凄みを与えている。
鏡花には水に関する幻想が多いが、『沼夫人』は水の幻想の代表ともいえる作品だという。決してきれいではない水は、小松原と夫人の関係、鼈は夫人の執念を表わすものか。
「さゝ蟹」
彫刻師の叔父が亡くなり叔母と従兄弟が困窮しているのに、裕福でありながら一切援助してくれない夫に対してお京が取った行動。
腕が良かった叔父は加賀藩細工方の流れをくむ彫金師だった父親、お京は母親がモデルだといわれている。
「蠅を憎む記」
幼児の口元に執拗にまとわりつく蠅の描写があまりにも繊細過ぎて少し寒気を覚えるほど。「あゝ、姉が居なければ、少くとも煩つたろう」とは、言い得て妙。
「髯題目」
多才な落語家で高座で雁にさらわれた男の話をして羽織の袖をひらひら動かすと魔法がかかって客まで身体が浮いてあがるとまで言われ、藩主の前でしばしばお茶を戴いて引出物を賜わるほどだった葛城三太郎は、時代が変わり歳もとると、娘が身売りした金で細々と暮らすしかなくなり、その娘が死んでしまったいまでは、有り金なくなったら死ぬまで、と覚悟を決めている。
この三太郎を訪ねてきた巴波川(うづまがわ)灘丸も、かつては自分専用の寄席を持っていたが、今ではしがない幻燈師で、何とか糊口をしのいでいる。二人は、かつては人気を博した仲間たちの零落ぶりを話しては嘆く。
二人の知人の女芸人 小燕は、芸人を続けて落ちぶれるよりはと、大金持ちの粂屋に嫁いだが、姑の執拗ないじめに苦しめられている。一度は飛び出したものの行くあてもなく、ある覚悟を決めて粂屋に戻る。
下級民と蔑まれている芸人の、意地をこめた意趣返し。だが、それは、あまりにも悲しい。
「幻往来」
医学生だった滝は、医書を買おうと外出して一台の駕籠とすれ違い、乗っていた美女に一目惚れした。
その美女は、結核で入院するところだった。医学生であることから、女性の名は知れた。一年後忘れられずに病院に行ったが、もう治る見込みもないということで家に戻ったという。
この女性のことが忘れられない滝が、病院の門番の道士のような老人から教わった不思議な術。
滝の思いは通じたのか。肺病の美女はどうなったのか。鏡花らしい、妖しい怪談。
「玄武朱雀」
霜が凍てつくような寒月の深夜。
宵口の喧嘩を引きずって、再三相手が住む長屋に押しかけ、鳶口で板戸を壊そうと暴れる若者。鳶装束の夜回り二人組。深夜に屋台の鮨屋の客となる近在の文学士。その鮨屋に立ち寄った先程の夜回りの一人はなんと男装の娘。娘と文学士のやりとり。通り過ぎる夫婦の芸人。去っていく夜回り二人、その会話。空には、冴えざえとした寒月。
月天心貧しき村を通りけり
季節も月が見下ろす景色も違っているかもしれないが、これもまた、月夜の貧しくも美しい世界。
解説で、山尾悠子は、この作品は澁澤龍彦の密かなお気に入りではなかったか、と書いている。
「薬草取」
「玄武朱雀」までが澁澤龍彦のセレクトで、最後の「薬草取」は山尾悠子によるプラスアルファ。
高坂は、9歳のとき母親の病気を治したい一心でただ一人医王山に行き、3ヶ月間神隠しにあった。母親は少年が持ち帰った花を飾ったお陰か、その後小康を得て5ヶ月後に亡くなった。
20年後、医学生になった高坂は、大切な人の病気平癒のため再び医王山に登り、道すがら花売りの娘に行き会う。
さまざまな花が咲き乱れる医王山の美女が原、美しい娘、隠れ里、おどろおどろしい山賊、と幽玄と野趣が混じった不思議な世界。師である尾崎紅葉の病気回復を願って書かれたという。
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ホラー以外は、何でも読みます。みなさんの書評を読むのも楽しみです。
よろしくお願いします。
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- 出版社:国書刊行会
- ページ数:0
- ISBN:9784336065469
- 発売日:2020年01月24日
- 価格:9680円
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