hackerさん
レビュアー:
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最近、東京から世帯数2千に満たない地方の町に引っ越した身には、けっこう実感させられる話ですが、作者が語りたかったのは、巻末の「両親に捧ぐ」という言葉が象徴するように、広く人生についてだったのでしょう。
冒頭から私事についてで恐縮ですが、私は東京生まれの東京育ちではあるものの、祖父は秋田県から東京に出てきており、母も祖父と同じ町の出身なので、ルーツは秋田県といってもいいでしょう。祖父と母の出身地には、小さい時から何回も行っていますが、近年は訪れる度に、かってはそれなりににぎわっていた商店街にシャッターが閉まっている店が並んでいること、空き家が多いこと、道を歩く人が少なくなったことに寂しさを覚えます。今住んでいる町は、秋田県ではありませんし、商店街もないような、さらに小さな町ですが、それでも数十年前に比べて、人の住まなくなった家の多いこと、住民の数が少なくなったことは顕著です。こういう地方の衰退を目の当たりにすると、東京一極集中の弊害と共に、過去数十年間の政治の無策ぶりがよく分かります。目先のことが重要でないとは言いませんし、特に現在はコロナ禍での困窮層への対応が必要ですが、この国には数十年単位でものを考え、施策を継続できる政党なり、政治屋ではない政治家がいないのだろうかと嘆きたくなります。それは経済界にも言えることなのでしょうが...。
いきなり脱線してしまいました。すいません。本書を読んでいると、どうしても今の私の周囲の状況に目がいってしまうのですが、ただし、本書が語りたかったことは、こういうことも意識していたかもしれませんが、別のことだと思います。
1976年スコットランド生まれのトム・ゴールドが2016年に発表した本書は、「子どもの頃 警官になって月面で暮らすことが夢だった」という主人公が、念願だった月の警官になった姿を描いたものです。ところが、かってはにぎやかだったのかもしれませんが、月の住人はどんどん地球に戻っていき、犯罪なんかまったく起こりません。迷子になった犬の捜索を手伝うぐらいがせいぜいです。ユニットを積み上げてできている、住んでいた建物は、人が減ったために、不要なユニットが取り外され、眺めの良かった8階の自室が4階になったりします。あまりにもすることがないので、転属希望を出しても、後任の希望者が見つからないために、聞き入れてもらえません。
そんな中、自販機が一台置いてあっただけのカフェ「ルナー・ドーナッツ」に、人間の女性の店員がやってきます。自販機の時から毎日通っていたので、それがデータに残っていて、彼女は主人公のことを既に知っていました。彼女は、主人公にこんなことを言います。
「わたしはここが好き 星や岩山を ひたすら何時間も 眺めていられるもの とても心穏やかになれる」
主人公はこう答えます。
「美しい風景だね ときどきそのことを 忘れてしまうけど」
そうして、ある時、必要最小限のロボットの他は誰もいなくなり、月の人口は二人になったことを、主人公は知ります。主人公とカフェの女性は、二人でドライブにでかけ、美しい地球と満天の星空を眺めるのでした。
何であれ美しいもの―それは人によって違うのですが―を見たり、そういうものに接したり、誰かを愛したりして、時を過ごすこと、これにすぐる喜びはないのではないでしょうか。そして、結局のところ、本当にそばにいてほしい人というのは、人生でそんなには多く必要ないのでしょう。本書は、冒頭に述べたような現実社会の姿を思い起こさせもしますが、本質的には、人の生き方について語ったもののだと思います。
巻末の「両親に捧ぐ」という言葉から、老人になった二人が、同じように空を眺めている姿を思い浮かべてしまいました。目が黒い点で描かれている登場人物の無表情なようでいて、実は豊かな感情を伝える絵とともに、しみじみとした余韻が残るラストでした。
いきなり脱線してしまいました。すいません。本書を読んでいると、どうしても今の私の周囲の状況に目がいってしまうのですが、ただし、本書が語りたかったことは、こういうことも意識していたかもしれませんが、別のことだと思います。
1976年スコットランド生まれのトム・ゴールドが2016年に発表した本書は、「子どもの頃 警官になって月面で暮らすことが夢だった」という主人公が、念願だった月の警官になった姿を描いたものです。ところが、かってはにぎやかだったのかもしれませんが、月の住人はどんどん地球に戻っていき、犯罪なんかまったく起こりません。迷子になった犬の捜索を手伝うぐらいがせいぜいです。ユニットを積み上げてできている、住んでいた建物は、人が減ったために、不要なユニットが取り外され、眺めの良かった8階の自室が4階になったりします。あまりにもすることがないので、転属希望を出しても、後任の希望者が見つからないために、聞き入れてもらえません。
そんな中、自販機が一台置いてあっただけのカフェ「ルナー・ドーナッツ」に、人間の女性の店員がやってきます。自販機の時から毎日通っていたので、それがデータに残っていて、彼女は主人公のことを既に知っていました。彼女は、主人公にこんなことを言います。
「わたしはここが好き 星や岩山を ひたすら何時間も 眺めていられるもの とても心穏やかになれる」
主人公はこう答えます。
「美しい風景だね ときどきそのことを 忘れてしまうけど」
そうして、ある時、必要最小限のロボットの他は誰もいなくなり、月の人口は二人になったことを、主人公は知ります。主人公とカフェの女性は、二人でドライブにでかけ、美しい地球と満天の星空を眺めるのでした。
何であれ美しいもの―それは人によって違うのですが―を見たり、そういうものに接したり、誰かを愛したりして、時を過ごすこと、これにすぐる喜びはないのではないでしょうか。そして、結局のところ、本当にそばにいてほしい人というのは、人生でそんなには多く必要ないのでしょう。本書は、冒頭に述べたような現実社会の姿を思い起こさせもしますが、本質的には、人の生き方について語ったもののだと思います。
巻末の「両親に捧ぐ」という言葉から、老人になった二人が、同じように空を眺めている姿を思い浮かべてしまいました。目が黒い点で描かれている登場人物の無表情なようでいて、実は豊かな感情を伝える絵とともに、しみじみとした余韻が残るラストでした。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
この書評へのコメント
- ゆうちゃん2021-11-22 22:02
本の内容ではなく冒頭の一段落目の感想で恐縮ですが、全く同感です。
日本の政治家は長い目でものを見ると言うことをすっかり忘れているのではないかと思います。その意味では国民も然りです。プライマリーバランスは21世紀初頭に問題になりましたが、いったいどこに行ったのでしょうか。総裁選挙になれば与党はナントカ庁を作る話だけで盛り上がります。総選挙では、与野党ともバラマキ政策を言い募るだけで、財源がどこから出てくるのか不明です。
お書きの地方の疲弊もこの延長だと思います。十代の大半を過ごした横須賀は、一応首都圏ですが、地方的な問題は深刻に思えます。2年ほど前に友人の所属するブラバンの演奏会を文化会館に聴きに行きました。高校生の頃の思い出の場所ですが、演奏会終了後に自分を含めて老人ばかりが出てくるのに愕然としました。
首都圏に人を集中させるのも政策の一つではありますが、結果論であってはいけないと思います。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
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- 出版社:亜紀書房
- ページ数:0
- ISBN:9784750517070
- 発売日:2021年09月18日
- 価格:1650円
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