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hackerさん
hacker
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オーストラリアでブッシュと呼ばれる地方若しくは森林地帯に生きる人間や動物の姿を、独特のユーモアと無常観をもって描いた詩人であり小説家だったヘンリー・ローソンの短篇集です。
ゆうちゃんさんの書評でこの本のことを知りました。感謝いたします。

オーストラリアの詩人・小説家、ヘンリー・ローソン(1867-1922)は、Wikipedia によると、10オーストラリア・ドル紙幣の肖像にもなったこともあり、オーストラリアでは広く知られた存在のようです。ただ、14歳で聴覚を失い、晩年はアルコール依存症となって「シドニーの路上では常習的に乞食をしていた」そうですが、「恐らくオーストラリアで最もよく知られた名士」でもあったので、死んだ時は国葬されたという、ちょっと変わった生涯を送りました。また、「"the sketch story is best of all"(スケッチ・ストーリーは全てに勝る)」との言葉を残しているそうで、日本編纂の本書には、その言葉を裏付けるような、作者が人生始めの16年を暮らした、ブッシュと呼ばれるオーストラリアの地方若しくは森林地帯の日常生活を切り取った短編が10収められています。


例によって、特に印象に残るものを簡単に紹介します。

・『家畜追いの妻』

家から離れた場所に家畜追いの仕事に行っている夫の留守を、4人の「ぼろを着た、干からびたような子供たち」と一緒にあずかっている妻のところへ、蛇(おそらく毒蛇)が現れ、家の隙間に入り込んでしまいます。蛇を襲うのが得意なアリゲーターという名前の犬と一緒に、夜を徹して番をする、という話です。番をしながら、過去の様々な出来事が、彼女の頭をよぎるのですが、そうやって、ようやく蛇を退治した頃には夜が白々と明けようとしていました。彼女と子どもたちの記憶にしか残らない、生死を賭けた一日が終わり、また別の一日が始まるのでした。

死と隣り合わせながら、それを日常の一部として捉えて生きている女性の強さと哀れさが心に残ります。蛇殺しの得意なアリガーターとて、その最期は蛇によってもたらされるであろうことが語られているのも印象的です。

・『ブッシュの俄か葬儀屋』

ブッシュで羊番をしている老人が、仕事を早めに終わらせて、ファイヴ・ボッブという犬と散歩していると、カラカラに乾いてミイラになった死体に出くわします。見ると、それはブラミーという大酒飲みの知り合いでした。老人は、死体をそのままにしておくのも可哀そうだと思い、形だけでも葬儀をしようとするのでした。

この作品は、だいぶ前に何かのアンソロジーで読んだことがあります。ユーモアと無常観、大自然の中では、生けるものの一つでしかない人間の姿の描き方が見事です。

・『組合葬』

ひと言、言葉を交わしたぐらいで、誰もろくに知らない若者が川で溺れ死んだ若者を、組合の仕事をしていたというだけの理由で、組合葬にする様を描いています。前二作と、同様のテーマです。

・『腹話雄鶏のビル』

題名は、自分本来(?)の声とは別の声で鳴くことのできる雄鶏のことです。そんなのがいるのかと思いますが、作者がブッシュ生活の中で、こういう雄鶏の話を聞いたのかもしれません。おかしいのは、このビルという名前の雄鶏は、自分の縄張りに別の雄鶏がいると思い込み、いつも「そいつ」を探しているという設定です。ただ、この話も、ちょっと哀しい終わり方をします。

・『爆弾犬』

導火線に火のついたダイナマイトをくわえた若い犬が、逃げ回る人間を、遊んでいるつもりで追い回すという話です。犬が一瞬口をはなしたダイナマイトを、遠くに投げると、犬が走って行ってそれを持ってくるなど、とてもおかしいのですが、最後には、やはり爆発してしまうのです。

・『帽子回し』

「お邪魔して申し訳ねえ、いつもあんたの邪魔をしているようだけど、あの可哀そうな女がいて...」

誰であれ、困っている人間がいると、自分の帽子をまわして、寄付をつのる男の話です。本書の中で、もっとも心温まる話です。

・『ジョウ・ウィルソンの求婚』

結婚した人なら誰でも経験した求婚のプロセスを語った話です。男女の機微に慣れていない相思相愛の男女が、なかなか意を通じ合えない様が微笑ましいです。それと、最後の一行アンソロジーの資格十分です。


さて、お分かりと思いますが、少なくとも本書に収録された作品には、人間や動物の死が、メイン若しくはサブのテーマとして語られているものが多いです。特徴的なのは、いずれの作品でも、作者が、人間の死と動物の死を分け隔てなく扱っているように思えることで、それは作者独特のあきらめにも似た無常観が反映されいるからのように感じます。ユーモラスな作品もありますが、それにも死が影を落としたりしています。

日本では、あまり知られていない作家でしょうが、ヘミングウェイやフォークナーが好きな方であれば、きっと気に入ると思いますから、是非お手に取ってみてください。お勧めします。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. ゆうちゃん2022-04-02 11:04

    そのように言って下さり、まことにありがとうございます!

    お書きの通り、死に触れた作品も多いですね。荒野の生活は死と隣り合わせだったのかもしれません。勉強不足で、お札になった人だとは知りませんでした。自分にはその転変の多い生活ぶりも、短編作家だったこともO・ヘンリーと似ていると思いました。ただ、意外な結末と言うものはそうそうなく、作風からするとヘミングウェイなどに通じるのかもしれません。

  2. hacker2022-04-02 11:13

    ゆうちゃんさん、良い本を教えてもらい、重ねてありがとうございます。

    おっしゃる通り、私が最初に連想したのもヘミングウェイでした。ただヘミングウェイよりは先に生まれていますし、彼がローソンを知っていたのかは分かりませんが、そう考えると、ヘミングウェイが影響を受けた側ということになりますね。

    20世紀は、普通の人々の生活の一部を切り取って描く、女性作家が数多く活躍しましたが、同じようなアプローチでも、男性作家となると、ずいぶん作風が違うものだとも感じました。

  3. No Image

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