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hackerさん
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「祖母は親の意思に最後まで逆らえなかった代価として、自分が何を失うことになるのか、当時はよくわかっていなかった」(本書収録『黒糖キャンディー』より)
"おばあちゃん"をテーマにした、6人の韓国女性作家による、6篇の小説が収録されたアンソロジーです。2020年に刊行された原書の帯には「誰も注目しなかった"おばあちゃん"の存在を前面に出した初めての小説集」とあるそうですが、このアンソロジーのレゾンデートルを見事に表しています。


収録作を簡単に紹介します。

●『きのう見た夢』(ユン・ソンヒ)

「祭祀(チェサ、故人の命日の行う行事)の前の晩になると、夫は決まって私のところにやってきた。この十年間、ずっとそうだった。夢はいつもおなじだ。夫が玄関で靴を脱ぎながらこう叫ぶ。『おい、俺だ。腹へった』」

亡父や子供達も含めて、家事と食事まみれの「家」にうんざりしている"おばあちゃん"の話です。まぁ、食べ物の話が次から次に出てくること!ちょっと呆れてしまいますが、これが韓国の日常家事なのかもしれません。

●『黒糖キャンディー』(ペク・スリン)

祖母の葬儀の時、知り合いからは「やりたいようにやってきた女」と回想されていたことに反発した「私」は、祖母が遺した日記から、その一生を想像を交えて振り返るという小説です。

裕福な家庭の長女として生まれた祖母は、姉妹の中では一人だけ大学に行ったのですが、「結婚したらやめなければならなかった当時の女子大の規則を知らないはずはないのに、結局は一年も経たずして、親に言われるがまま一生退屈するであろう男と見合いをし結婚してしまう」のです。

「身長160センチに体重49キロを何十年も維持し、端整なボブヘアを固守していた祖母」は日本語がとても流暢で、日本風の甘い卵焼きや茶わん蒸しが作れたし、『エーデルワイス』を英語を歌うこともできた」

このように、教育水準の高かった祖母ですが、結局のところ、「家」に縛られた一生を送ります。

「祖母は親の意思に最後まで逆らえなかった代価として、自分が何を失うことになるのか、当時はよくわかっていなかった」

夫を亡くした後、「私」の家にやって来て、子供だった「私」と弟の面倒を見るようになったのも、母が死に、仕事が忙しくて、子供の面倒を見るなどできないと思った父の頼みを引き受けたからでした。祖母が寝物語に語ってくれた、トラに食べられてしまう赤ずきんちゃんの話を、「私」は怖がりますが、祖母はこう言います。

「これは怖い話じゃないのよ。トラのお腹のなかでも生き残った、とても勇敢な女の子の話なんだから」

実は、「祖母の話のなかでトラにまるごと呑みこまれた少女は、こぶしのなかにこっそり隠し持っていた小さな黒曜石の欠片で、トラの腹を切り裂いて外に出てくる」のです。トラが祖母にとっての「家」であったことは間違いないでしょう。

そして、父の仕事の都合でパリに行くことになった一家ですが、祖母も同行します。そこで、フランス語ができない祖母は、大きくなってきた子供たちとのつながりも薄れてくるのですが、「家」とは無関係の男性に、もしかしたら初めてだったかもしれない恋心を抱き、彼のおかげで、若い頃「才能がある」と言われ習っていたピアノに再び触る機会を得たのでした。

●『サンベッド』(カン・ファギル)

本作は、作家ノートが興味深いです。

「いつまでも、君と話していたい。
この小説はそんな気持ちから始まった」

これだけです。そして、ここで言う「君」とは誰のことでしょうか。

本作の主要人物は3人です。「私」と友達のミョンジュ、そしてアルツハイマーを発症し、そのための施設に入っている祖母です。「私」の両親は既に亡くなっています。ミョンジュは乳がんが再発したばかりですし、「私」は少女の頃から背骨に爆弾を抱えています。いわば、「滅び」へ向かっている3人の関係を描いた作品なのです。きっと、3人が思っている「君」は、バラバラなのでしょう。

●『偉大なる遺産』(ソン・ボミ)

「祖母の家の玄関には、祖父、祖父の父、祖父の母の写真が掛かっていた」

そういう「家」の概念を具現化したような家に住んでいた祖母の、遺産としての家=「家」の末路を描いた作品です。一種の幽霊屋敷譚でもあります。

●『11月旅行』(チェ・ウンミ)

祖母キュオク、母ウニョン、娘ハウンの「母ふたり、娘ふたりの三人の女性」が、韓国では風習として珍しくない、礼山にある寺院に一泊旅行に出かける話です。韓国の一般家庭に、仏教行事が深く入り込んでいることが感じられる作品です。

●『アリアドネーの庭園』(ソン・ウォンピョン)

本作の作者ノートは短く鋭いです。

「未来は一瞬にして近づき、現在を占領する。
いつも予想もつかない姿で」

本書唯一の近未来社会を描いたSFです。

主人公のミナは、ユニットと呼ばれる公的高齢者収容施設に入っています。ユニットにはAからFまであり、入所した時はユニットAだったのですが、次第に降格していき、現在はユニットD、正式名称「アリアドネーの庭園」で暮らしています。「意識のない重度の認知症の高齢者、病気の人、他のユニットで問題を起こした人だけで構成された」最下層のユニットFにだけは行きたくないと思っています。

隣の部屋には、同い年の旧友のジュンがいました。ミナは結婚も出産もしませんでしたが、ジュンは傍目には羨ましい人生を送ってきました。しかし、今では同じユニットDにいるのです。

「ジュンとの会話はいつも過去ばかり向いていて、自分のことを隠そうとしない彼女の優越感は想像を絶した。夫との恋愛話、満ち足りた結婚生活、労力を惜しまなかった子どもたちの私教育、不動産と株式によって増やした資産の話など、ミナとは住む世界がまったく違う、つまらない童話のような話だった」

そして、ミナには、時折訪れるユリとアインという若者がいました。高齢者の話し相手になってくれる公務員でしたが、ユニットD入居者に、派遣されることは珍しいことでした。それも二人が韓国生まれとはいえ、外国人だからでした。つまり、上層ユニットの入居者は、外国人を好まない傾向があったのです。

「ユリとアインはこの国で生まれ、本国には一度も行ったことがない。実際に、彼らが本国と呼ぶところはすでに地上の上から消えていた。つまり、ふたりはこの国の国民なのだ。しかし、彼らの家には本国の文化が依然として残っており、家族の言葉がしっかりと伝承されていた。150年前からヨーロッパやアメリカで繰り返されたことだ。にもかかわらず、この国の変化にミナはいまでもなじめないときがある」

実は、少子高齢化が進んだ国は、ある時点から、移民の大量受け入れに舵を切ったのですが、これを好まない保守層は存在し、彼らを見ると、ジュンなどは「国に帰れ」と罵るのです。しかし、ユリとアインは、ミナのことは好きでした。人員整理の関係で最後の訪問となった日に、ユリはミナに率直にこう言います。

「いまのお年寄りは本当にいろんな面で恵まれているのは確かです。何のしがらみも束縛もなしに、心置きなく人生を楽しんだ。負うべき責任なんて考えずに。なのに、わたしたちに何もかも押しつけるんです。絶対多数で純粋な自国民という質の悪い矜持を持って、人を差別し、悪く言い、感謝もしない。そのくせ若い世代が自分たちの面倒を見るべきだと思ってるの。もとはと言えば、彼らが子どもを産まなかったからでしょう?わたしたちの両親、おじいちゃん、おばあちゃんは、この国の問題を解決するために、合法的に招かれたんだとばかり思っていました。なのにどう?何十年経っても状況がよくなるどころか、悪い方にばかり向かっている」

私の世代には耳の痛いことですが、ここで語られていることは、韓国にとどまらず、日本でも、それだけでなく欧米各国でも現在起こっていることです。近未来社会を舞台にして、現代社会の問題点を語るというのは、多くの小説で見られることですが、本作もその典型と言えそうです。少子高齢化と移民受け入れをリンクして語ることは、日本ではまだあまりされていませんが、いずれ避けられないことだと思います。


さて、この中からベストを選ぶなら、『黒糖キャンディー』と『アリアドネーの庭園』になります。特に後者を書いた1979年生まれの作者のソン・ウォンビョンは映画監督・脚本家としての活躍も目覚ましく、と言うか、映画界へのデビューの方が先だったそうですが、視覚的イメージを喚起させてくれる描写が見事だと思います。他の作品も読んでみたいです。

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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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