hackerさん
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題名だけで本文がない小説(?)は初めて読みました。これが見事な出来なのです。そう思うかどうかが、この作家の好き嫌いを分けるかもしれません。毒まんじゅうにハバネロをきな粉のようにまぶした作品ばかりです。
先日読んだアンソロジー『1日10分のときめき NHK国際放送が選んだ日本の名作』に収録されていた、松田青子(あおこ)の『愛してた』がとても気に入ったので、本書を手に取りました。原本は河出書房新社から出版された単行本『ワイルドフラワーの見えない一年』(2016年)で、それに3作品と、作者ひと言解説が追加され、文庫本としたものです。作者ひとくち解説を除くと、53篇が収録された、短編集というより掌編集です。
収録作の傾向を簡単に言うと、社会のあらゆる「決まり事」「かくあるべき姿」に、品良く言うなら「アッカンベー!」、下品に言うなら「糞くらえ!」を叩きつけたものばかりです。たとえるならば、毒まんじゅうにハバネロをきな粉のようにまぶした作品ばかりです。細かく紹介していくと限がないので、いくつか内容を紹介しますから、それで全体の雰囲気を察してください。
一番度肝を抜かれたのは、題名だけで、本文がない小説(?)でした。無題の小説や詩は珍しくありませんが、題名だけで本文がないとは...。「小説には本文があるもの」なんて、誰が決めたの、というわけです。なお、題名はネタバレにつながるので紹介しません。悪しからず。
もちろん、「女性は会社の中ではかくあるべし」なんて、アッカンベー(若しくは糞くらえ)!という話もあります。
「わたしたちは、お人形のようにただただ座っていた。くる日もくる日も、ひたすら座っていた。体から苔が生えてきたわたしを見て、ほかの子たちが、ほら、そろそろ気をつけないと、と心配してくれた。これまでに最も長い間座り続けた受付嬢は、ある日お地蔵さんになってしまい、自分ではもう動けないので、警備員さんが更衣室まで担いでいったそうだ。伝説のお地蔵さんは今でも更衣室の片隅で、私たちを見守ってくれている。わたしたちは、季節によってよだれかけを替えてあげたり、お菓子をお供えしたりする。
一身上の都合により退社」(『履歴書』より)
『神は馬鹿だ』なんてタイトルの話もあります。もっとも、これはお猫様の設計を巡ってのものです。
「猫を不死身にしなかった神は馬鹿だ。どう考えても設計ミスだ。猫が不死身じゃない時点で、無神論者になるのは至極当然である。人間が病気にかかっても、猫は病気にかかるべきではない。人間が死んでも、猫は死ぬべきでない。猫は無敵であるべきだった。猫は全面的にすべての災厄から守られているべきだった。猫の毛並みは一生ふわふわであるべきだった。年齢とともに硬くなるようなことはあってはならなかった」
まだまだ続きますが、この辺で止めておきます。犬猫と一緒に暮らしたことのある身としては、猫の設計にこれだけ文句をつけて、犬の設計について触れてある作品がないのは、いささか不公平だとは思いますが。
『ミソジニー解体ショー』という作品もあります。デパートで奥様方の前でミソジニーを解体するショーの話ですが、グロテスクな描写が続くのに、ちっともグロテスクだと感じさせないどころか、とてもおかしいのは、作者の人徳よりも力量を称えるべきなのでしょう。
あと、私がすごく気に入っているのは、この作者は映画が大好きなことです。いくつかの収録作で、それを感じますが、中でも『ベティ・デイヴィス』という作品では、ロバート・アルドリッチ監督のカルト映画『何がジェーンに起ったか?』(1962年)で、老醜を強調したメイクで若い頃の服を着て怪演した、戦前の大女優ベティ・デイヴィスの霊を霊媒を使って呼び出し、『AKIRA』(1988年)のキヨコの有名な台詞「夢を見たわ、アキラ君の夢」を言わせるという、この両作を知る方なら、泣いて喜ぶお話です。元々、キヨコのイメージは『何がジェーンに起ったか』のベティ・デイヴィスから来ているのですからね。
というわけで、この拙文を読んで、面白いと思われた方に、お勧めする本です。腹を立てる方にはお勧めしません。好き嫌いはかなり分かれると思います。
収録作の傾向を簡単に言うと、社会のあらゆる「決まり事」「かくあるべき姿」に、品良く言うなら「アッカンベー!」、下品に言うなら「糞くらえ!」を叩きつけたものばかりです。たとえるならば、毒まんじゅうにハバネロをきな粉のようにまぶした作品ばかりです。細かく紹介していくと限がないので、いくつか内容を紹介しますから、それで全体の雰囲気を察してください。
一番度肝を抜かれたのは、題名だけで、本文がない小説(?)でした。無題の小説や詩は珍しくありませんが、題名だけで本文がないとは...。「小説には本文があるもの」なんて、誰が決めたの、というわけです。なお、題名はネタバレにつながるので紹介しません。悪しからず。
もちろん、「女性は会社の中ではかくあるべし」なんて、アッカンベー(若しくは糞くらえ)!という話もあります。
「わたしたちは、お人形のようにただただ座っていた。くる日もくる日も、ひたすら座っていた。体から苔が生えてきたわたしを見て、ほかの子たちが、ほら、そろそろ気をつけないと、と心配してくれた。これまでに最も長い間座り続けた受付嬢は、ある日お地蔵さんになってしまい、自分ではもう動けないので、警備員さんが更衣室まで担いでいったそうだ。伝説のお地蔵さんは今でも更衣室の片隅で、私たちを見守ってくれている。わたしたちは、季節によってよだれかけを替えてあげたり、お菓子をお供えしたりする。
一身上の都合により退社」(『履歴書』より)
『神は馬鹿だ』なんてタイトルの話もあります。もっとも、これはお猫様の設計を巡ってのものです。
「猫を不死身にしなかった神は馬鹿だ。どう考えても設計ミスだ。猫が不死身じゃない時点で、無神論者になるのは至極当然である。人間が病気にかかっても、猫は病気にかかるべきではない。人間が死んでも、猫は死ぬべきでない。猫は無敵であるべきだった。猫は全面的にすべての災厄から守られているべきだった。猫の毛並みは一生ふわふわであるべきだった。年齢とともに硬くなるようなことはあってはならなかった」
まだまだ続きますが、この辺で止めておきます。犬猫と一緒に暮らしたことのある身としては、猫の設計にこれだけ文句をつけて、犬の設計について触れてある作品がないのは、いささか不公平だとは思いますが。
『ミソジニー解体ショー』という作品もあります。デパートで奥様方の前でミソジニーを解体するショーの話ですが、グロテスクな描写が続くのに、ちっともグロテスクだと感じさせないどころか、とてもおかしいのは、作者の人徳よりも力量を称えるべきなのでしょう。
あと、私がすごく気に入っているのは、この作者は映画が大好きなことです。いくつかの収録作で、それを感じますが、中でも『ベティ・デイヴィス』という作品では、ロバート・アルドリッチ監督のカルト映画『何がジェーンに起ったか?』(1962年)で、老醜を強調したメイクで若い頃の服を着て怪演した、戦前の大女優ベティ・デイヴィスの霊を霊媒を使って呼び出し、『AKIRA』(1988年)のキヨコの有名な台詞「夢を見たわ、アキラ君の夢」を言わせるという、この両作を知る方なら、泣いて喜ぶお話です。元々、キヨコのイメージは『何がジェーンに起ったか』のベティ・デイヴィスから来ているのですからね。
というわけで、この拙文を読んで、面白いと思われた方に、お勧めする本です。腹を立てる方にはお勧めしません。好き嫌いはかなり分かれると思います。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
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- 出版社:中央公論新社
- ページ数:0
- ISBN:9784122070707
- 発売日:2021年05月21日
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