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ぽんきち
レビュアー:
理解するということ。理解し合えなくても共に生きていくということ。
ドイツ・気鋭の作家による、移民問題が題材の小説。

主人公リヒャルトは大学を定年退職した古典文献学の元教授。東ドイツ出身である。
妻は亡くなり子供はいない。かつて愛人もいたが、今は一人だ。
住まいのある湖畔は、普段ならボート遊びや釣り人で賑わっているが、男が事故で溺死したため、今シーズンは人も少なく静かである。
退官して時間が出来たリヒャルトは、新しい生活になかなか慣れない。落ち着かない暮らしの中で、近くに住むアフリカ系難民のことを知る。彼らは宙ぶらりんな立場に置かれていて、ずっとここに住み続けられるわけではなさそうだ。
リヒャルトは彼らに興味を持ち、元大学教授の肩書を利用して、彼らにいろいろと話を聞くことにする。

一口に難民というが、ここにたどり着くまでには、それぞれの背景があり、経緯があった。
彼らと徐々に親しくなっていく中で、リヒャルトは自身の専門の古典とも絡めて、様々に思索を巡らせる。
ときには彼らに仕事を与え、ときにはピアノを教えてやり、ときにはドイツ語を教える。
だが彼の「思いやり」は時にピントが外れており、時にこっぴどく痛い目に遭う。
アフリカ系難民をあからさまに差別する者もいる。それはよくないことだが、だが善意の者の「善」が本当に難民のニーズにあっているのかというとそこもまた難しいところだ。
様々な出来事が起こる中で、湖で死んだ男のイメージが、心に吊るされた錘のように、そこここで顔を出す。

行く・行った・行ってしまった。
語学を学ぶときには、文法や格変化や時制を学ばなければならない。
不安定な立場の難民たちは、国から国へと転々とするたびに、またあらたに一から言葉を学ぶ。それまで学んだことは次の国では得てして役には立たない。
浮草のような暮らしの中で、心を病む者がいるのも、痛ましいことだが、意外とは言えない。
どこへ行けばいいかわからないとき、人はどこへ行くのだろう?

物語は、リヒャルトの過去のエピソードで締めくくられる。
それまで、学者肌で「好々爺」の印象が強かった彼の像がここで大きく揺らぐ。
なるほど人間とは一面では語れない。意気地なさも優しさも冷酷さも狡猾さも善意もすべてひっくるめて、一人の人間を形成するのだ。
そしてそんな私たちは誰しも、強固な地盤の上にいるわけではなく、いつ何時、足元が崩壊するかもわからぬ世界の中で、それに気づかぬまま、あるいは敢えて目を向けぬまま、日々を何となくやりすごしている。

袖すり合うも他生の縁と言う。
私たちは、たとえひとときだとしても同じ時制を過ごす人たちと、通じ合あおう、わかりあおうと努めるべきなのだろう。
違う言語を話していても、違う歴史を背負っていても、違う記憶を宿していても。
さらには、共に暮らす人たち、同じ言語、同じ歴史、同じ記憶を共有する人たちとも本当にわかり合えているのか、時には胸に手を当ててみるべきなのかもしれない。
それは決して簡単でもないし、きれいごとで済むわけでもない。
それでもなお、あきらめず、投げ出さず、少しずつ歩み寄る。
大きく動く世界の中で、そうした姿勢が求められるのではなかろうか。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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