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ぽんきち
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サプライズプレゼントがもたらしたものとは
主人公キムはカンボジア出身で今は妻と3人の子供と共に、オーストリアの田舎に住む。建築事務所に勤め、堅実に暮らしている。もうすぐ50歳の誕生日。欧州では(節目ならば特に)誕生日は友人や親族を招いて盛大に祝うもの。キムは大ごとにはしたくなかったが、妻のイネスが張り切っているので、しぶしぶながら、パーティーを開くことに同意する。
一番下の息子、12歳のヨナスは、父親をびっくりさせようと、あることを思いつく。父がかつて知っていた、ある女の人を内緒で呼ぼう。その女の人は、母とも親しかったはずだった。彼女を探し出して来てもらおう。それが彼のサプライズプレゼントだ。
そしてパーティー前日、その女性、テヴィは本当に来てくれた。
それは確かに「サプライズ」だった。けれども、ヨナスが期待したように、父と母に喜びだけをもたらすものとはちょっと違っていた。3人の間には、特に、キムとテヴィの間には、深い因縁があったからだ。

タイトルからはちょっと想像がつかないくらい、うねりの大きな物語である。
キムとテヴィは、ポル・ポト時代のカンボジアから辛くも逃れてきた移民だった。テヴィは富裕層の出身、キムは貧民層の出身である。彼らはきょうだいを装い、逃亡の途中で別の家族の中に入れてもらう形で、オーストリアにたどり着いた。
イネスの母と祖母は、子供のキムとテヴィを引き取り、イネスのきょうだいのように育てた。しかし、テヴィはフランスに本当の親類がいることを知り、やがてイネスの家を出ていくことになる。
こうした物語が、時代を変え、視点を変え、時に語り手を変えながら、1章ずつ紡がれていく。現代と、キムとテヴィがオーストリアに着いて以降と、そして70年代のカンボジアとを行き来しながら。

物語が進むにつれ、徐々に不穏な雰囲気が高まる。
特に、一人称で語られるカンボジア。
純朴な少年が、クメール・ルージュに取り込まれていく。少年には、富裕層への怒りや不公平感が確かにあった。正義を求める気持ちもあった。
クメール・ルージュも一面、大義を掲げる部分はあった。富裕層だけがいい思いをして、大半は貧しいなんておかしい。それ自体は間違いではない。
だが、どこからか、いつからか、彼らは道を踏み外していく。
贅沢品を捨てろといったところから? 富裕層を都市から追い出し、農村へと追いやったところから? 極端な共産主義的農村国家を追求し始めたところから?
彼らは次第にサディスティックな様相を帯びていく。
あちこちで「大量粛清」が行われ、ささいなことで人々が殺された。「オンカー」なる謎の指導者の意に染まぬとされた者は、容赦なく切り捨てられた。
少年も自身や家族の身を守るため、徐々にその手を血に染めざるを得なくなっていく。

時代を行き来しながら、キム・テヴィ・イネスの背後にあるものが次第に露わになっていく。
皆が少しずつ、何かを隠している。皆が少しずつ、何かを誤解している。皆が少しずつ、違うところを見ている。
彼らが最後にたどり着くのはどこか。

著者は前作で「ドイツ推理作家協会賞」を受賞している。著者自身は自作をミステリと分類されることには抵抗があるというが、本作もミステリ的な要素がある文芸作品といってよいだろう。1つの大きな仕掛けがあり、それが高いリーダビリティの牽引力になっていると思われる。
構成は見事だ。
途中の重い展開からはいささか意外だが、最後にはある種の救いと希望が見られるのも、著者の並々ならぬ力量を感じさせる。

とはいえ、若干の引っ掛かりはある。
オーストリア人の著者の家では、かつて実際にカンボジア難民一家を引き取っているという。クメール・ルージュの描写は彼らからの聞き取りに負う部分もあり、著者は生半可な姿勢でこの題材を書いたわけではないのだろうとは思う。
だが、創作と事実を並べたときに、事実が重過ぎるように感じてしまう。
物語がよく出来ている、よく出来「過ぎ」ているために、歴史的な悲劇を「利用」したようにどうしても見えてしまうのだ(そして付け加えるなら、本作にはもう1つ、人道的に議論のある問題も含まれる。このトピックの扱いも若干センセーショナルに過ぎると思う)。

著者としては、イヤミス的なものであったり、露悪的になったりというあたりは狙っていないのだろうと思う。
個人的には、ここまで深く知る機会がなかったクメール・ルージュについて知れたことには感謝したい。巻末のカンボジア小史も簡潔でよくまとまっており、学ぶところは大きい。
が、手放しで誉めるか、他人にも薦めるかというと躊躇いは残る。
揺さぶられる読書であることは間違いない。だが、クメール・ルージュを描くに十全な手法が「これ」だったのか、個人的には釈然としない。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1825 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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