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darklyさん
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エーゲ海を巡る旅行記であるが、立花さんの膨大な知識に基づく歴史観や哲学が織り込まれた途轍もない本。
エーゲ海と言えば私の世代はジュディオングの「魅せられて」ですが、現在のギリシャとトルコの間の海であり、ギリシャ・ローマ神話の舞台であり、キリスト教とイスラム教がぶつかり合った場所でもあり、西洋文明の歴史が詰まった地域です。

本書は立花隆さんと須田慎太郎の写真によるエーゲ海を巡る旅行記ですが、とても変わった構成となっています。まず100ページ近い序章があります。序章は写真に短い文章を付けたものですが、文章は写真の説明ではなく立花さんの歴史観、あるいは哲学に基づく随想のようなものになっています。

第一章「聖山アトスへ」では、ギリシャ正教の聖地であり、俗に修道院共和国と呼ばれるアトス半島への潜入ルポです。潜入といってももちろん許可を得ての上ですが、それにしてもとても面倒な手続きがあります。現在でも女人禁制であり、動物でも雌は入れません。猫だけは別ですが。

第二章「アポロンとディオニュソス」では、ギリシャにおける支配の歴史、宗教を神話に絡めて縦横無尽に立花節がさく裂します。

第三章「聖なる神と性なる神」では、キリスト教以前のアルテミス信仰や旧石器時代からの地母神信仰について語られます。

第四章「ネクロポリスと黙示録」では、プルートー信仰に基づくネクロポリス(死者の都市)の遺跡巡りからやがてキリスト教の勢力に飲み込まれる中でヨハネの黙示録の時代の話になり、現在のアトスへとつながっていきます。ちなみにプルートーに仕えるスフィンクスの像のオッパイの見事なこと!

言われてみれば当たり前なのですが、歴史は語られることよりも語られないことの方がはるかに大きいのです。例えばトロイの遺跡は九層の遺跡が積み重なっていますが、「イリアス」でのトロイア戦争の時代は第七層だと推測されています。その他の層がいかなる都市であったのは分からないようです。にもかかわらず私はトロイア戦争の知識だけでトロイとはこのような街だったと分かったような気になっていただけなのだと認識しました。

立花さんはこう言います。
遺跡を楽しむのに知識はいらない。黙ってそこにしばらく座っているだけでよい。大切なのは「黙って」と「しばらく」である。できれば二時間くらい黙って座っているとよい。
本書に掲載されている写真は観光地となっているような有名な遺跡だけでなく何気ない風景やかつては栄華を誇ったが今は人も訪れることがない荒地となっているところもあります。そういったところの方が眺めていて歴史を感じます。特に好きな写真は最初の哲学者ターレスが生まれたミレトスの写真です。ミレトスがあったところは現在雑草が生い茂った沼地であり、霞がかった向こうに巨大な劇場の遺跡が見える写真です。栄華を誇った都市も自然には勝てない。たかだか数千年の文明しかもたない人間の小ささを感じます。

本書はこのようなテーマが好きな人はもちろん、そうでない方も読んで損はないと思います。もし読むなら一通り読んだ後に序章を読み直せばこの本の素晴らしさがより鮮明になると思います。立花さんの本を読むといつも感じます。地味で当たり前のようなことを書いているようでも、途轍もない知識を元に思索を重ねた重み、重戦車のような迫力を感じます。残念ながらもう立花さんの新しい本が出ることはなくなりましたが、読んでない著作についてはすべて読もうと思っています。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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