ぽんきちさん
レビュアー:
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無理ゲー、クソゲー、理不尽ゲー?
世に無理ゲーという言葉がある。無理ゲーム=クリアするのが困難なゲームを指す俗語で、転じて解決が困難な状況や課題も指すようになった。
クソゲー(ム)とは、バグが多かったりつまらなすぎたり、完成度が低いゲームを指す。無理ゲーほど拡大して使われてはいないようである。
では、理不尽ゲー(ム)とは?
ベラルーシで流行っている遊びであり、同時に、本書の主人公が陥った状況でもある。
主人公、フランツィスク(ツィスク)は、16歳。音楽学校に通っている。
この年頃の少年らしく、若干反抗的で若干世の中をなめている。実のところ、学校は退学になりかかっているのだが、ツィスクは深く悩んではいない。
彼の住むベラルーシは抑圧的な独裁者の支配下にあり、人々の多くは不自由で貧しい暮らしを送っている。
ある日、ツィスクはフェスに出かける。なかなか来ないガールフレンドを待っていると、折からの雨がきっかけで将棋倒しが起こる。ツィスクはこれに巻き込まれ、昏睡状態に陥る。病院の医師によれば、快復の見込みはほぼないという。
そう、全体の1/6ほどで、もう主人公は存在しているが存在していない状態になってしまうのだ。
ツィスクには厳しかったが同時に一番かわいがってもいてくれた祖母は、医者の言うことを信じない。あの手、この手でツィスクの眼を覚まさせようとする。
母親はこれより冷淡で、半ばあきらめかけている。シングルだった母は新しい恋人を見つけ(実はそれはツィスクの主治医なのだが)、彼との未来の方が大事なのだ。
ガールフレンドも見舞いに来るが、意識のないツィスクに何を話してよいのかわからない。そしてツィスクの親友は、あろうことか彼女と付き合うことになってしまう。
ツィスクを巡るあれこれの中に、ベラルーシの日々も織り込まれる。
ドイツとベラルーシはポーランドを挟んでいるが、それなりに行き来があるようだ。特に、(チェルノブイリと思われる)原発事故の後、子供たちの健康を案じ、広く欧州へ療養旅行をさせる動きがあった。1990年代、事故の周辺諸国の子供たちの多くが、ホームステイ型の旅行に出かけた。ベラルーシからドイツに行った子供も多く、その際には、費用をドイツ人側が出す例も多かった。受け入れ先の家庭はある種、「ドイツのパパとママ」となり、気の毒な子供の庇護者となった。
ツィスクにもそんなドイツのパパとママがいて、ベラルーシよりもドイツに来た方が高度な医療が受けられるのではないか、費用はこちらが持つから、と申し出てくれる。けれども祖母は頑として譲らない。ベラルーシで孫の目覚めを待ち続けるのだ。
・・・そして、ツィスクは、快復の見込みはないと言われていた少年は、ついに目覚める。10年も経ってから。
長い年月が経ってしまえば、変わってしまったことも多い。親友は結婚しているし、母は何と再婚して子供もいる。そして祖母は・・・。
けれども、ある意味、それより残酷なのは、国が相変わらず独裁政権下にあり、まるで国全体が昏睡していたのと変わらないような状況であることだ。
若者たちは「理不尽ゲーム」に興じる。文字通り、怪談か何かのように、1人1つずつ理不尽な話をするというもの。みんなが理不尽と認めたらOK。但し、話は実話でなければならない。世の中、理不尽な話ばかりなのだ。
例えばこんな話。大統領の命令でサッカーの試合に駆り出される官僚たち。どうしても参加しなくてはならない、同時に大統領のチームに勝ってはならない。高血圧で運動を止められている老人も出席した。年金をもらえなくなるのが怖かったのだ。でも極度の緊張でその場で倒れて死んでしまう。
あるいはドイツ人の企業家が作ったソーセージ工場の話。おいしいし混ぜ物もない。けれど、国営工場の工場長は焦った。これではうちの製品を誰も買わなくなる。彼は一計を案じた。ドイツ人の工場を追い出すため、理不尽な理由を見つけたのだ。曰く、この工場の製品は国の規格を上回っている。それすなわち、「規格外」、つまりは違反だ。工場は閉鎖され、ドイツ企業家は多額の損失を抱え、母国に帰っていった。
理不尽は国民すべてに降りかかる。
大統領は圧倒的な支持率を誇ると言われる陰で、対立候補が襲われ、デモに参加した人々は逮捕される。
本書に描かれた挿話は、出版当初、「いくらなんでもそこまでのことはないだろう」といわれながらも、実際、かなりの部分、真実のようである。
物語の終盤で、ツィスクは別の悲劇に襲われそうになる。
だが、著者は救いを残す。
多分、そこには未来への希望がある。どんな理不尽にまみれても、人は、明日を夢見ることができるのだ。
ツィスクの祖母も言っていた。
ツィスクがこの理不尽ゲームに勝つ日は来るのだろうか。
クソゲー(ム)とは、バグが多かったりつまらなすぎたり、完成度が低いゲームを指す。無理ゲーほど拡大して使われてはいないようである。
では、理不尽ゲー(ム)とは?
ベラルーシで流行っている遊びであり、同時に、本書の主人公が陥った状況でもある。
主人公、フランツィスク(ツィスク)は、16歳。音楽学校に通っている。
この年頃の少年らしく、若干反抗的で若干世の中をなめている。実のところ、学校は退学になりかかっているのだが、ツィスクは深く悩んではいない。
彼の住むベラルーシは抑圧的な独裁者の支配下にあり、人々の多くは不自由で貧しい暮らしを送っている。
ある日、ツィスクはフェスに出かける。なかなか来ないガールフレンドを待っていると、折からの雨がきっかけで将棋倒しが起こる。ツィスクはこれに巻き込まれ、昏睡状態に陥る。病院の医師によれば、快復の見込みはほぼないという。
そう、全体の1/6ほどで、もう主人公は存在しているが存在していない状態になってしまうのだ。
ツィスクには厳しかったが同時に一番かわいがってもいてくれた祖母は、医者の言うことを信じない。あの手、この手でツィスクの眼を覚まさせようとする。
母親はこれより冷淡で、半ばあきらめかけている。シングルだった母は新しい恋人を見つけ(実はそれはツィスクの主治医なのだが)、彼との未来の方が大事なのだ。
ガールフレンドも見舞いに来るが、意識のないツィスクに何を話してよいのかわからない。そしてツィスクの親友は、あろうことか彼女と付き合うことになってしまう。
ツィスクを巡るあれこれの中に、ベラルーシの日々も織り込まれる。
ドイツとベラルーシはポーランドを挟んでいるが、それなりに行き来があるようだ。特に、(チェルノブイリと思われる)原発事故の後、子供たちの健康を案じ、広く欧州へ療養旅行をさせる動きがあった。1990年代、事故の周辺諸国の子供たちの多くが、ホームステイ型の旅行に出かけた。ベラルーシからドイツに行った子供も多く、その際には、費用をドイツ人側が出す例も多かった。受け入れ先の家庭はある種、「ドイツのパパとママ」となり、気の毒な子供の庇護者となった。
ツィスクにもそんなドイツのパパとママがいて、ベラルーシよりもドイツに来た方が高度な医療が受けられるのではないか、費用はこちらが持つから、と申し出てくれる。けれども祖母は頑として譲らない。ベラルーシで孫の目覚めを待ち続けるのだ。
・・・そして、ツィスクは、快復の見込みはないと言われていた少年は、ついに目覚める。10年も経ってから。
長い年月が経ってしまえば、変わってしまったことも多い。親友は結婚しているし、母は何と再婚して子供もいる。そして祖母は・・・。
けれども、ある意味、それより残酷なのは、国が相変わらず独裁政権下にあり、まるで国全体が昏睡していたのと変わらないような状況であることだ。
若者たちは「理不尽ゲーム」に興じる。文字通り、怪談か何かのように、1人1つずつ理不尽な話をするというもの。みんなが理不尽と認めたらOK。但し、話は実話でなければならない。世の中、理不尽な話ばかりなのだ。
例えばこんな話。大統領の命令でサッカーの試合に駆り出される官僚たち。どうしても参加しなくてはならない、同時に大統領のチームに勝ってはならない。高血圧で運動を止められている老人も出席した。年金をもらえなくなるのが怖かったのだ。でも極度の緊張でその場で倒れて死んでしまう。
あるいはドイツ人の企業家が作ったソーセージ工場の話。おいしいし混ぜ物もない。けれど、国営工場の工場長は焦った。これではうちの製品を誰も買わなくなる。彼は一計を案じた。ドイツ人の工場を追い出すため、理不尽な理由を見つけたのだ。曰く、この工場の製品は国の規格を上回っている。それすなわち、「規格外」、つまりは違反だ。工場は閉鎖され、ドイツ企業家は多額の損失を抱え、母国に帰っていった。
理不尽は国民すべてに降りかかる。
大統領は圧倒的な支持率を誇ると言われる陰で、対立候補が襲われ、デモに参加した人々は逮捕される。
本書に描かれた挿話は、出版当初、「いくらなんでもそこまでのことはないだろう」といわれながらも、実際、かなりの部分、真実のようである。
物語の終盤で、ツィスクは別の悲劇に襲われそうになる。
だが、著者は救いを残す。
多分、そこには未来への希望がある。どんな理不尽にまみれても、人は、明日を夢見ることができるのだ。
ツィスクの祖母も言っていた。
「いちばんすごい奇跡はいつも、望みがないときに起きるんだよ」
ツィスクがこの理不尽ゲームに勝つ日は来るのだろうか。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:集英社
- ページ数:0
- ISBN:9784087735116
- 発売日:2021年03月26日
- 価格:2310円
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