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紅い芥子粒
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老いたる父は、海原に出ていく若い二人に、やけくそのように祝福の言葉を投げかける。「おれより仕合せになれよーー」、と。
大正九年、作者28歳の作品。

「素戔嗚尊」の続きなのだが、前作とちがって、だらだらと長くないのがいい。

八岐大蛇を退治して、櫛名田姫(くしなだひめ)をめとったところから始まっている。

義父の後をついで、部落の長となった素戔嗚。
息子も生まれ、仕合せに暮らしていた。

「炉辺の幸福」と作者は書いているが、それは上辺だけ。

素戔嗚は生来の野心家で、愛する妻のほかに多くの女に子を産ませた。
その子らが長ずると、兵を率いて国々の部落を征服に行かせた。
素戔嗚は、出雲の国の王となり、その名を遠くまでとどろかせた。
むかし彼を追放した高天原からも、使者が来るほどに。

しかし、仕合せは永遠には続かない。
最愛の妻・櫛名田姫が、ふとした病がもとで死んでしまう。
嘆き悲しんだ素戔嗚は、息子に世を譲り、娘の須世理姫(すせりひめ)を連れて、遠い海の向こうの根堅洲国(ねのかたすくに)へ移り住んだ。

根堅洲国は、無人島であった。
生きていくためには獣を狩り、魚をとらなければならない。
素戔嗚は、須世理姫とともに蜂や毒蛇を飼いならし、室を作って繁殖させた。
蜂は蜜をとるため。蛇は矢に毒を塗るため。
そして、狩りや漁の暇に、身につけてきた武芸を姫に伝授した。
須世理姫は、野性味をおびた美しい娘に成長した。
亡き妻の面影を宿した最愛の娘であった。

そこに、運命の若者があらわれる。
葦原醜男(あしはらのしこお)。大国主とか大穴牟遅とか、八つの名をもつ日本神話の重要人物だ。
彼は、若いころの素戔嗚のように放浪の旅をしていた。
食物と水が欲しくて、島に舟をつけたという。
姫と若者は、たちまち恋に落ちる。
娘を溺愛する父親はおもしろくない。

父親は、娘の恋人に試練を与える。といえば、聞こえがいいが、
本心は、こんなやつ死んでしまえと思っている。

蜂の室に放り込んだり、蛇の室に泊まらせたり。
焼き殺そうとしたり、溺死させようとしたり。
しかしどんな試練も、若者は、あっさり乗り越えてしまう。
なにより、娘は若者に首ったけだ。
父の野性を受け継いだ娘は、父親を殺してでも若者と共に島を出ていく覚悟でいる。

もう、認めるしかないではないか。
それに、あいつは、あの若造は、若いころのおれにそっくりだ。

舟をこいで海原に出ていく二人を、祝福する老いたる素戔嗚尊。
最後は海に向かって、やけくそのようにやさしい言葉を投げかける。
おれより仕合せになれよ----、と。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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