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DBさん
DB
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三百年前の人骨鑑定の本
人の顔に頭蓋骨のトレースが透けて見える印象的なスケッチですが、これがあの太宰治の『晩年』にも登場する宣教師シドッチです。
太宰の作品のなかでは「宣教師シロオテ」となっていたが、江戸中期に日本へ布教のために渡航したシチリア生まれの宣教師だ。
マニラで日本語を学び、髷に帯刀した和服で日本へとやってきたが上陸早々に捕まってしまう。
『晩年』を読んだときにはこの無情感漂う話がここに挿入されている意味を考えたが、実話をそのまま記録しただけのようです。

国立科学博物館では江戸時代の人骨を中心に、一万体以上の古人骨が収蔵されているそうです。
高度成長期の地下鉄工事で莫大な人骨が発掘されたのをはじめ、スカイツリーの工事やビル建設などで出土した人骨が送られてくるようだ。
本書では小日向切支丹屋敷跡から出てきた三体の人骨についてDNA分析や復顔をした過程について詳細に記録されている。

切支丹屋敷跡でマンションを建設するために埋蔵文化財発掘が行われたのが2014年4月のこと。
そこで江戸時代の武家屋敷の遺構と、三体の人骨を埋葬した墓が発見される。
172号は江戸でよくみられる早桶に坐そうという埋葬方法だったが、169号は長持ちを用いて横向きの伸展葬で下肢を膝で折り曲げられており、人骨があまり残っていなかった170号は方形の櫃に横向きの屈葬であったと思われるそうだ。
シドッチが切支丹屋敷に埋葬されているかもしれないという話はもともとあったそうですが、今回発掘された人骨の鑑定が国立科学博物館の研究室に依頼されて運び込まれてきた。

頭蓋骨の復元というピースがそろっているわけでもない立体ジグソーパズルを組み上げるかのような地道な作業や、DNA分析が研究室で行われていきます。
頭骨の眉上隆起が高まっているのが男性、高まりが小さいかないのが女性という見分け方ができるそうです。
何かの役に立つかもしれないから覚えておこう。
人骨の形態学的な特徴から、169号の人骨の持ち主が四十~六十代の男性で、かなり変わった要望をしており、当時としてはかなりの大男だったことが分かった。
そして歯の形も日本人では珍しくヨーロッパ人に多い形状だったそうです。

次にDNA分析が行われるが、大臼歯の歯髄からサンプルをとってPCR法で分析していく。
ウイルス検査で毎日のように連呼されているPCR検査を実習でもやった記憶があるが、この手法が確立される以前の大量のサンプルを必要とする時代の話も出てきて面白かった。
ミトコンドリアDNAの話やハプログループの話は『イヴの七人の娘たち』『核DNA解析でたどる日本人の源流』でも読んだので理解しやすかった。
結果として169号がトスカーナのイタリア人と同じグループに入るDNAを持っていることが確認できたそうです。

2015年に結論が出ていた調査ですが、依頼主である文京区の教育委員会の規制が厳しくて自由に発表することができなくて面白くなかったそうです。
半年以上たってようやく記者会見で分析結果が公表されたが、この時も文京区長の挨拶とイタリア大使の挨拶、そしてキリスト教関係者の話が長く肝心の研究発表が十分しか取れなくてフラストレーションがたまったそうだ。

区民からの依頼にこたえる形で展示会を行うことになったが、全ゲノム解析は時間もお金もかかって現実的ではないので復顔をすることになったそうです。
せっかくだからシドッチが日本に持ってきたとされる「親指のマリア」と呼ばれる聖母像と当時新井白石との対話の中で使われであろう「新世界全図」も一緒に展示したかったが、重要文化財の借用への規制という大人の事情で実現しなかったようだ。

三百年江戸の地に眠っていた宣教師が語るものは何だったのだろうか。
博物館の裏でどんな仕事をしているのかもわかって面白かった。
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DB
DB さん本が好き!1級(書評数:2024 件)

好きなジャンルは歴史、幻想、SF、科学です。あまり読まないのは恋愛物と流行り物。興味がないのはハウツー本と経済書。読んだ本を自分の好みというフィルターにかけて紹介していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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