紅い芥子粒さん
レビュアー:
▼
彼は、結婚に関してある理想を抱いていました。曰く、「愛(アムウル)のある結婚がしたい」。
大正八年に発表された作品です。作者27歳。
作家の「私」が、本多子爵から聞いた話が、物語の内容です。
ある日、「私」は、博物館で本多子爵を見かけます。
子爵は、背のすらりと高い上品な老人でした。
博物館の催しは、明治初期の文明展。
本多子爵は、最後の展示室で、そのころの風俗や風景を描いた銅版画や浮世絵に見入っていました。
私が入っていくと、足音に気づいて子爵のほうから声をかけてくれました。
子爵は、江戸と明治が混とんとしていた、三四十年前がなつかしいといいます。
そして「私」をベンチにさそい、ある友人の身の上に起きたことを語ってくれたのです。
その友人は三浦といいました。
知り合ったのは、フランス帰りの船の上。
二人は同年で、当時25歳でした。
長い船旅の間に、子爵と三浦はうちとけ、頻繁に訪問し合う仲になりました。
三浦は色白細面の美男子。
大地主の一人息子で、両親は既に亡く、たいへんな資産家になっていました。
形ばかりの銀行役員で、体はあまり丈夫でなく、書斎の壁に掲げたナポレオン一世の肖像画の前で、読書に明け暮れているような人物でした。
そんな三浦は、結婚に関してある理想を抱いていました。
曰く、「愛(アムウル)のある結婚がしたい」。
家の存続のために本妻を置き、血統を絶やさないために妾を囲う……
そんな旧い時代の結婚を軽蔑していたのです。
そのために、数多ある縁談をことごとく断り、いつまでたっても独りでいたのです。
三浦がついに結婚したのは、子爵が政府の外交の仕事で、韓国京城に赴任していた間でした。
かねて公言していた通りの「愛(アムウル)のある結婚」だったのでしょう。
日常の細々としたことを書き連ねた、いかにも幸福にあふれた手紙が、三浦から頻繁にとどくようになりました。
有名な画伯に頼んで、夫人の肖像画を描いてもらったという手紙は、ひときわ嬉しそうでした。
書斎の壁に、あのナポレオン一世の肖像画のかわりに、夫人の画を掲げるというのです!
一年ほどで、子爵は任務を終えて帰国し、さっそく三浦夫妻を訪問します。
夫人は、華やかで才気にあふれた女性でした。
しかし、子爵は、微妙な違和感を覚えます。三浦のいう「愛(アムウル)」には、どこかそぐわないような……
日本の家庭婦人にしておくのは惜しい、フランスにでもお生まれになればよかったのにーー と、子爵は冗談に夫人にいいます。
自分もそう思うと笑った三浦の顔に、憂鬱そうな蔭がさしたのを、子爵は見逃しませんでした。
子爵と三浦の、頻繁な交流は続きます。
その中で、子爵は、三浦が信奉していた愛(アムウル)が、無残に崩壊していく様を、目の当たりにするのです……
子爵が語り終わったときは、博物館はすでに閉館の時刻が迫っていました。
銅版画と浮世絵をもう一度見渡してから、『私』と子爵は、守衛に追われるように
展示室を後にしたのでした。
芥川は、若くてハンサムな人気作家だったので、さぞモテたことしょう。妻子ある身でありながら、ある女性との関係に悩まされるようになりました。その人は、三浦夫人のように破壊力のある才女で……。ま、男女のことですから、自分が蒔いた種でもあるのですが。
作家の「私」が、本多子爵から聞いた話が、物語の内容です。
ある日、「私」は、博物館で本多子爵を見かけます。
子爵は、背のすらりと高い上品な老人でした。
博物館の催しは、明治初期の文明展。
本多子爵は、最後の展示室で、そのころの風俗や風景を描いた銅版画や浮世絵に見入っていました。
私が入っていくと、足音に気づいて子爵のほうから声をかけてくれました。
子爵は、江戸と明治が混とんとしていた、三四十年前がなつかしいといいます。
そして「私」をベンチにさそい、ある友人の身の上に起きたことを語ってくれたのです。
その友人は三浦といいました。
知り合ったのは、フランス帰りの船の上。
二人は同年で、当時25歳でした。
長い船旅の間に、子爵と三浦はうちとけ、頻繁に訪問し合う仲になりました。
三浦は色白細面の美男子。
大地主の一人息子で、両親は既に亡く、たいへんな資産家になっていました。
形ばかりの銀行役員で、体はあまり丈夫でなく、書斎の壁に掲げたナポレオン一世の肖像画の前で、読書に明け暮れているような人物でした。
そんな三浦は、結婚に関してある理想を抱いていました。
曰く、「愛(アムウル)のある結婚がしたい」。
家の存続のために本妻を置き、血統を絶やさないために妾を囲う……
そんな旧い時代の結婚を軽蔑していたのです。
そのために、数多ある縁談をことごとく断り、いつまでたっても独りでいたのです。
三浦がついに結婚したのは、子爵が政府の外交の仕事で、韓国京城に赴任していた間でした。
かねて公言していた通りの「愛(アムウル)のある結婚」だったのでしょう。
日常の細々としたことを書き連ねた、いかにも幸福にあふれた手紙が、三浦から頻繁にとどくようになりました。
有名な画伯に頼んで、夫人の肖像画を描いてもらったという手紙は、ひときわ嬉しそうでした。
書斎の壁に、あのナポレオン一世の肖像画のかわりに、夫人の画を掲げるというのです!
一年ほどで、子爵は任務を終えて帰国し、さっそく三浦夫妻を訪問します。
夫人は、華やかで才気にあふれた女性でした。
しかし、子爵は、微妙な違和感を覚えます。三浦のいう「愛(アムウル)」には、どこかそぐわないような……
日本の家庭婦人にしておくのは惜しい、フランスにでもお生まれになればよかったのにーー と、子爵は冗談に夫人にいいます。
自分もそう思うと笑った三浦の顔に、憂鬱そうな蔭がさしたのを、子爵は見逃しませんでした。
子爵と三浦の、頻繁な交流は続きます。
その中で、子爵は、三浦が信奉していた愛(アムウル)が、無残に崩壊していく様を、目の当たりにするのです……
子爵が語り終わったときは、博物館はすでに閉館の時刻が迫っていました。
銅版画と浮世絵をもう一度見渡してから、『私』と子爵は、守衛に追われるように
展示室を後にしたのでした。
芥川は、若くてハンサムな人気作家だったので、さぞモテたことしょう。妻子ある身でありながら、ある女性との関係に悩まされるようになりました。その人は、三浦夫人のように破壊力のある才女で……。ま、男女のことですから、自分が蒔いた種でもあるのですが。
投票する
投票するには、ログインしてください。
読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
この書評へのコメント
コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:
- ページ数:0
- ISBN:B009IWRITC
- 発売日:2012年09月28日
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。