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かもめ通信
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1篇1篇、こんな短い作品の中で、ここまでこんがらがった人の気持ちと、複雑な人生そのものを描き出せるものなのかと思うぐらい密度の濃い作品群。
ここ北国でもようやく根雪が溶けてきて
雪の下から、いろいろなものが出てくる出てくる。
マスクや片方だけの手袋などというのは定番で
時にはジャンパーみたいにどうしてこれが?と首をかしげたくなるようなものも。

先日、足を取られたのはロープで、
たぶん雪囲いに使われていた物が
どこかの庭から飛んできたものなのだろうが、
一瞬、蛇かと思って、凍り付いてしまったのはおそらく、
ページをめくっている間に何度も
旧約聖書の一節が頭に浮かんできたこの本を、
読みかけていたからだ。
私は、おまえと女との間に、おまえのすえと女のすえとの間に、敵意を置く。

といっても、この本の中に、
聖書の文言が引用されているわけではなく、
敬虔なキリスト教徒が登場するというわけでもない。

原題が“Florida”だというこの本には、
フロリダという場所自体がモチーフになっている11の短篇が収められている。

フロリダという土地を私は全くといって良いほど知らないのだが、
ページの間から浮かび上がってくるフロリダは、
湿地が多く、様々な爬虫類が生息していて、
陽射しが強く、時折ハリケーンがやってきて、
根強い人種差別が横たわり、
決して治安が良いとは言えなさそうだ。

もっとも登場する人たちが皆、
なんだかとても生きづらそうなのは、
決して土地柄のせいだけではないのだろうが。

爬虫類学者に本屋に作家、
大学教授を目指していたはずのホームレス、
父親に、母親に、子ども、
あるいはまたかつてそのどれかであったはずの人たち。
どの作品でも登場人物たちのごく近いところにある死。
そして広義でも狭義でも浮かび上がるネグレクト。

気がつけば、足に絡みついた何かに引っ張られ
底なし沼に引きずり込まれてしまいそうな気分になるのに、
いっそのこと引きずり込まれてしまった方が
楽になるかもしれないとさえ思ってしまうほどなのに、
なぜか後味は悪くなく、
前向きな気分にすらなっている
なんとも不思議な読み心地。

1篇1篇がこんな短い作品の中で、
ここまでこんがらがった人の気持ちと
複雑な人生そのものを描き出せるものなのかと思うぐらい
密度の濃い作品群だ。
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かもめ通信
かもめ通信 さん本が好き!免許皆伝(書評数:2234 件)

本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。

読んで楽しい:2票
素晴らしい洞察:1票
参考になる:39票
共感した:1票
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この書評へのコメント

  1. ぱせり2021-03-29 06:38

    この本、今、読んでいるところなのです。
    確かに出てくる出てくる……です。でもまだまだ出てくるんでしょうね(^-^;
    ゆっくり読もうと思います。

  2. かもめ通信2021-03-29 06:44

    うんうん。ゆっくり読むのがお薦め。
    うっかり、湿地に足を取られないようにね!
    もちろん、あのニョロニョロした奴にもご用心!!

  3. toribakohouse2021-03-29 07:56

    自分も今読んでるところです。
    ホントどんどん出てきますね!
    自分だと、子どもの頃に土の下から出てきた靴下とか落書きされた教科書、沼で足元にヌルッとうごめいていた蛇の感触を味わっているところです。
    それと、ヒグチユウコさんの装丁画がまたピッタリですよね!

  4. かもめ通信2021-03-29 08:04

    そうそう!うごめくんですよね!あれは!!
    ヒグチユウコさんの装丁も本当に素敵!
    toribakohouseさんのレビューも楽しみにしています!

  5. toribakohouse2021-03-29 08:24

    今のところROM専です(笑)書く気が溢れてきたらいずれ書くかもしれませんが、、、(まだ本気出してないだけといいつつ、一生出さないパターン?)

  6. かもめ通信2021-03-29 08:28

    溢れてきたらその時はぜひ!
    それまでは,このコメント欄でもTwitterでもいいのでぜひ感想をお聞かせください。

  7. toribakohouse2021-04-01 08:01

    読み終わったので感想書きますね。

    個人的に思ったのは、死者や鳥や動物が家の中に入り込んで混然と一体となってまたサーッと分かれていく所とか、ヘンゼルとグレーテルの寓話を想起させるような話とか、境界が曖昧で神話や昔の死と自然が近かった時代を思い起こさせるような少しねっとりとした不穏な空気感が漂っている所が良かったですね。
    それにしても近所にワニがウロチョロしてるなんて(笑)
    それと、ルシアベルリンの「掃除婦のための手引き書」が重層的に物語を重ねることで一人の人物を浮かび上がらせているような所があったと思いますが、この話はフロリダという場所を浮かび上がらせているような、誰かの人生を体感するんじゃなくて、その場所を体感させてくれるみたいな感じが面白かったところです。
    ただ、フロリダという場所を感じさせてくれない海外の話はちょっと微妙でした。わからなかったですが、フロリダの人の特徴が出てたんですかね?

  8. かもめ通信2021-04-01 08:41

    toribakohouseさん!「読んで楽しい」ボタンを押したいです!
    「不穏な空気」わかります!わかります!
    そして海外編ですが……。
    フランスの方は,夏のフロリダの暑さが感じられるような気も。
    ブラジルの話はどうでしょうか??
    でもあれ,何だか妙に怖かった~。
    思い出すだけで,ゾワゾワしてしまいます。(^^ゞ

  9. toribakohouse2021-04-02 16:28

    確かに、フランスでもブラジルでも暑さや不穏な空気感は漂っていましたね!
    ただ、フロリダの自然に魅せられた(ハリケーンや湿地帯や蛇やワニ(笑)とか)というところがあるので、フロリダの魔術のようなものが解けてしまっていた感はあったような、、といった所です。

  10. noel2021-04-02 21:14

    >爬虫類学者に本屋に作家、大学教授を目指していたはずのホームレス、父親に、母親に、子ども、あるいはまたかつてそのどれかであったはずの人たち。どの作品でも登場人物たちのごく近いところにある死。

    そうなんですねぇ。かつては生きていた人も、理想を掲げて生きていたひとも、みんな自分の間近にいるのに知らず知らず孤独になったりして、いつの間にかいなくなってしまうんですねぇ。

  11. かもめ通信2021-04-03 06:13

    noelさん
    そもそも生きるということはどういうことなのか
    なんのために生きるのかということ、
    あるいは死ぬこと=いなくなること であるかどうか、
    死別以外の別れと死別とのと違いはなにか、
    誰もいない孤独と、
    多くの人に囲まれているにもかかわらず孤独であることの違いとか
    いろいろ考えてしまいます。

  12. noel2021-04-03 07:36

    コメントひとつとっても、かもめ通信さんのものは詩的ですねぇ。確かに死別以外の別れと死別とのと違いは、地下鉄の電車が夜、どこへ行くのかを考えるのと同じくらい悩まされますね。

  13. noel2021-04-03 07:52

    ごめんなさい。詩的を私的としていました。指摘くださればよかったのに。かもめ通信さんは優しいから、できなかったのですね。そこがまた素敵です。朝からステーキという訳にも行きませんから、ザブトン2枚で我慢してください。

  14. toribakohouse2021-04-03 08:07

    そうですよね、カモメ通信さんのおっしゃることはよくわかります。例えば先祖代々住み暮らしている場所では先祖の気配を濃厚に感じるとか、『わたしを離さないで』ではないですが自分のやっているブルシットジョブは単に臓器を売り渡している所業にすぎないんじゃないかとか、『赤毛のアン』のミセスリンドではないですが「あんな奥まったところに住むなんて気が知れないよ」という空気がありましたが、今は人が多くない奥まった所に暮らしたい、むしろ今ここにいるほうが孤独を感じるんじゃないかとか、いろいろ考えてしまいますよね。

  15. かもめ通信2021-04-03 13:39

    読み終えた後も後を引く感じ、嫌いではありません。
    後引きついでにポチってしまいました。

  16. かもめ通信2021-04-05 20:30

    訳者の光野多惠子さんからこんなコメントをいただきましたよ♪

    https://twitter.com/tmitsuno/status/1379008737298374660

  17. toribakohouse2021-04-05 22:14

    ランキング一位おめでとうございます。しかも訳者の方にコメントいただけるなんて書評者冥利につきますね!

  18. かもめ通信2021-04-06 06:26

    ありがたいことです。
    Twitterのおかげで、作家さんや翻訳家さんにコメントいただくことが多くなりました。
    本が好き!ツイートをチェックされている方も多いので、皆さんのレビューもリツイートされたり、コメントがついていたりするかもしれませんよ。

  19. toribakohouse2021-04-07 07:11

    そうですね。かもめ通信さんに触発されて、ちょっと書いてみようかと思い始めました!
    ここに書いた感想も後で修正してアップしとこーかな。(ランキング一位の威光にちょっと乗っからせていただこうかなとw)

  20. No Image

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