ぽんきちさん
レビュアー:
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突然命を絶たれた魂の行方
自爆テロの絶えないバグダード。
一人の古物商が街に散乱する遺体を寄せ集めて縫い繋ぎ、1体分の「身体」を作り上げる。その「身体」に、突然テロの巻き添えで爆死した1つの魂が入り込む。
「身体」を得た彼は、魂である自分、そして自分の「身体」各部をいわれなき死に追いやったものに復讐すべく、彼らを探し出し、殺し始める。街の人々は謎の殺人者を「名無しさん」と呼び、恐れるようになる。
この「バグダードのフランケンシュタイン」たる存在を軸に、群像劇が繰り広げられる。
イラン・イラク戦争で戦死した息子を待ち続ける老婆。
編集長の愛人に横恋慕し、彼女に振り回されるジャーナリスト。
政権が混乱する中、強力なコネを武器に伸してきたブローカー。
かつてバアス党に所属し、多くの若者を戦場に送り込んでいた床屋。
さまざまな人生が絡み合い、交錯する。
その間にも街のあちこちで爆発が起き、人々が死んでいく。
原典たるメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』では、1人の「科学者」が「怪物」を作り上げる。「科学者」を突き動かしたのは、いささか不遜な思いが混じった好奇心や探求心だったのかもしれない。一方、本作の「創造者」を動かしたのは恐怖や狂気ではなかったか。人が目の前でバラバラになって死ぬ。日々繰り広げられる怖ろしい光景に彼の心は壊れてしまい、いくぶんかでもそれを修復しようとしたのではなかったか。そういう意味では彼もまた、暴力行為の被害者であるともいえる。
「創造物」たる「バグダードのフランケンシュタイン」=「名無しさん」は、復讐のための殺人に加えて、朽ちていく身体の部品を補充するためにも殺人を犯す。存在し続けるためには殺し続けなければならない。殺人者だがやはり「名無しさん」も被害者なのだ。
耄碌しかけた心で息子を待ち続ける老婆は、「名無しさん」を息子と思い込む。もちろんそれは別人なのだが、しかし、理不尽に奪われた命という意味ではあながち間違いではない。街には幾人もの息子を奪われた老婆が嘆き悲しみ、老婆から奪われた息子の魂が浮遊している。
ジャーナリストの物語はおそらく著者が一番書きたかった部分なのではないか。
いくぶんか山っ気があり、いくぶんか有能ではあり、いくぶんかずるさもあるが、またいくぶんか自信のなさもある。この人物がこの物語の隠れた牽引役でもある。
イスラム教では火葬は忌避されると聞いたことがあるが、本作で描かれる身体と魂の関係にもどこかそうした宗教観も影響しているようにも感じる。
魂が蘇るには身体がいるのだ。たとえそれが寄せ集めの身体であったとしても。
作中のエピソードには、キリスト教やユダヤ教も絡み、混沌としたバグダードの一面を映し出すようでもある。
バグダードの街自体が、どこか寄せ集めの巨大なフランケンシュタインのようにも見えてくる。
荒れ果てた街、混乱の果てに、最後を締める老猫と男のシーンがかすかに優しい。
一人の古物商が街に散乱する遺体を寄せ集めて縫い繋ぎ、1体分の「身体」を作り上げる。その「身体」に、突然テロの巻き添えで爆死した1つの魂が入り込む。
「身体」を得た彼は、魂である自分、そして自分の「身体」各部をいわれなき死に追いやったものに復讐すべく、彼らを探し出し、殺し始める。街の人々は謎の殺人者を「名無しさん」と呼び、恐れるようになる。
この「バグダードのフランケンシュタイン」たる存在を軸に、群像劇が繰り広げられる。
イラン・イラク戦争で戦死した息子を待ち続ける老婆。
編集長の愛人に横恋慕し、彼女に振り回されるジャーナリスト。
政権が混乱する中、強力なコネを武器に伸してきたブローカー。
かつてバアス党に所属し、多くの若者を戦場に送り込んでいた床屋。
さまざまな人生が絡み合い、交錯する。
その間にも街のあちこちで爆発が起き、人々が死んでいく。
原典たるメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』では、1人の「科学者」が「怪物」を作り上げる。「科学者」を突き動かしたのは、いささか不遜な思いが混じった好奇心や探求心だったのかもしれない。一方、本作の「創造者」を動かしたのは恐怖や狂気ではなかったか。人が目の前でバラバラになって死ぬ。日々繰り広げられる怖ろしい光景に彼の心は壊れてしまい、いくぶんかでもそれを修復しようとしたのではなかったか。そういう意味では彼もまた、暴力行為の被害者であるともいえる。
「創造物」たる「バグダードのフランケンシュタイン」=「名無しさん」は、復讐のための殺人に加えて、朽ちていく身体の部品を補充するためにも殺人を犯す。存在し続けるためには殺し続けなければならない。殺人者だがやはり「名無しさん」も被害者なのだ。
耄碌しかけた心で息子を待ち続ける老婆は、「名無しさん」を息子と思い込む。もちろんそれは別人なのだが、しかし、理不尽に奪われた命という意味ではあながち間違いではない。街には幾人もの息子を奪われた老婆が嘆き悲しみ、老婆から奪われた息子の魂が浮遊している。
ジャーナリストの物語はおそらく著者が一番書きたかった部分なのではないか。
いくぶんか山っ気があり、いくぶんか有能ではあり、いくぶんかずるさもあるが、またいくぶんか自信のなさもある。この人物がこの物語の隠れた牽引役でもある。
イスラム教では火葬は忌避されると聞いたことがあるが、本作で描かれる身体と魂の関係にもどこかそうした宗教観も影響しているようにも感じる。
魂が蘇るには身体がいるのだ。たとえそれが寄せ集めの身体であったとしても。
作中のエピソードには、キリスト教やユダヤ教も絡み、混沌としたバグダードの一面を映し出すようでもある。
バグダードの街自体が、どこか寄せ集めの巨大なフランケンシュタインのようにも見えてくる。
荒れ果てた街、混乱の果てに、最後を締める老猫と男のシーンがかすかに優しい。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:集英社
- ページ数:0
- ISBN:9784087735048
- 発売日:2020年10月26日
- 価格:2640円
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