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紅い芥子粒
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推理小説。ではなく、恋愛小説に近いかも。暴走する恋心……誰か止めて。
大正八年、芥川龍之介28歳のときの作品です。

推理小説。ではなく、恋愛小説。に、近いかも。
ある医師の遺書が、物語の内容になっています。

遺書は、北畠ドクトルから本多子爵夫妻あての手紙の形式で書かれていました。
「予」の一人称、古風な文語文です。

北畠ドクトルは16歳のとき、10歳の従妹の明子に恋をしました。

五月のある日、北畠少年は、明子の家の庭の藤棚の下で明子と二人で戯れていました。
「ねえ、おにいさま。片足で長く立っていられて?」「いいや、できない」
そんなやりとりのあった後、
彼女は左手を垂れて左の趾を握り、右手を挙げて均衡を保ちつつ、隻脚にて立つ事、是を久しゅうしたりき。頭上の紫藤は春日の光を揺れて垂れ、藤下の明子は凝然として彫塑の如く佇めり

まだ子どもだと思っていた従妹の、美しさに気づいた瞬間でした。
以来、北畠少年は、明子のことが好きで好きでたまらなくなります。
いとこ同士の結婚が珍しくなかった時代。そんなに好きなら結婚しちゃえばいいのにと思うのですが、好きだと言い出せないまま月日は流れます。

まあ、こんな感じで。引用します。

陰晴定まりなき感情の悲天の下に、或いは泣き、或いは笑いて、茫々数年の年月を閲せしが……

21歳になったとき、病院の跡継ぎであった彼は、父親からロンドンへの留学を命じられます。
3年間の留学でした。その間も、北畠青年の頭からは、藤下に佇む明子の姿が離れません。帰ったらプロポーズしよう、結婚するんだ!と思い続けていました。

ところが帰ってみると、明子は、銀行頭取の男の妻になっていました。
明子は本多子爵と相愛の仲であったのに、頭取が明子の美しさに目を奪われ、略奪したのだいいます。
二重に失恋した北畠青年。

自分も結婚して、彼女と家族ぐるみの付き合いをすればいいのにと思うのですが、そうしないのです。
明子のことは妹と思い、彼女のしあわせを願うことで、自分の気持ちと折り合いをつけようとするのです。

隅田川の花火大会で、北畠青年は、桟敷席の銀行頭取を観察する機会がありました。
両脇に芸妓をはべらせたゲスな男。あんな男は明子にはふさわしくない、明子は不幸だ、と北畠青年は思い込みます。
北畠医師の明子への思いは暴走していきます。
すべては愛する明子のしあわせのために。

医師ですから、薬剤を自由に扱えます。知識もあります。薬は使いようによっては、命を奪う劇毒になることも……

北畠医師は、取り返しのつかないことをしてしまって、遺書はその告白です。
格調高く緊張感のある文体で、おもしろく読めます。

気になるのは明子さんの心の内ですね。従兄の熱愛を知っていたのか否か……


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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. 脳裏雪2020-10-21 11:24

    おもしろい、
    古今東西あることなんですね、
    医師はコレラに罹患していたのかも、

  2. 紅い芥子粒2020-10-21 11:28

    あはは、そうかもしれませんね。まさに「コレラの時代の愛」。

  3. noel2022-05-30 22:02

    >気になるのは明子さんの心の内ですね。従兄の熱愛を知っていたのか否か……

    こんな書き方をされれば読まざるを得ませんね。拙評は、しばらくのお待ちを……。

  4. 紅い芥子粒2022-05-30 22:09

    お待ちしております。明子さんの心の内を、ぜひnoelさんの創作書評で。

  5. No Image

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