書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

darklyさん
darkly
レビュアー:
19世紀に書かれた荒唐無稽なディストピア小説であるが、作者の天才的な直観はおそらく作者も意図していないほど現代に符合する世界を創り上げており驚愕に値する。
主人公のイギリスの青年は新天地での活躍を夢見て開拓地で羊飼いの仕事につく。さらにビッグになろうとその向こうに聳える山脈に足を踏み入れた先にエレホンという国があった。美しい街、美しい人々、一見幸せな国に見えるが西欧文化とは相容れない奇妙な文化・法律があった。

健康を害することは重大な犯罪であるが、横領・詐欺などについてはそれほどの犯罪ではない。機械はすべて破棄されており、それを持っていることは犯罪である。異常なほどの本音と建て前の乖離。主人公はなんとか人々の考え方を矯正しようとするが全く効果がない。

前述の通りエレホンの奇妙な文化・法律の一つとして体の健康を害することが犯罪です。健康ではない理由として例えば貧乏な家に生まれて十分な栄養が取れなかった、あるいは伝染病にかかった等、我々からしてみれば全く本人に責任がないものであっても結果として病気になるということが罪なのです。

「そんなご無体な」と言いたいところですが特に最近あまり偉そうなことも言えないなと感じています。それはコロナによる誹謗中傷は当初は確かに感染した人の行動が軽率であったり褒められたものでなかったりしたのかもしれませんが、現在では感染経路や感染者の行動に関わらず、あるいは判明していないにも関わらず結果としてコロナに感染しただけで感染者は誹謗中傷を受けています。

誹謗中傷をするような人の考え方を推し進めていくとエレホンのように結果としてコロナに感染すること自体が罪なのだ、悪なのだという考えにつながりかねません。そしてそれが多数派となればそのような法律につながるという想像もできなくはないわけです。とんでもない話ですがエレホンの健常者にとってみれば健常者でない人を一律排除することで自分たちの環境を保全できると考えるわけです。

次にエレホンの機械は悪という考えかたについて考察すると、一見荒唐無稽に思える考えも現在の状況に不気味に符合するところがあります。なぜ機械が悪かと簡単に言えば機械が生物でないという証拠はない、機械の進化は人間よりも凄まじく速い、いつか機械が人間を支配するかもしれないということです。小説では機関車を例に挙げて機関車はいずれ人間のように物を考え、人間のようにではないが独自の生殖活動をするだろう等荒唐無稽どころか滑稽と思えることを真面目に語っています。しかし、もし機関車にAIが搭載されたらどうでしょう。単なる笑い話ではなく正にシンギュラリティの話になるのです。

AIどころかコンピューターもない19世紀においてこのようなことを考える作者の直観力は驚愕に値すると思います。当時はバカなことを書いていると大多数の人に思われたことでしょう。

このような天才的な洞察力に溢れた物語ですが、東洋人の私から見るとやや鼻につくところがあります。それはキリスト教国であり科学技術が進んでいるイギリスが最も幸せな国であり、不幸なエレホンの人々の考えを変えさせたいと主人公が奮闘するところです。未だに続く西欧的な独善的価値観はイスラム諸国との対立を含め世界から紛争がなくならない一つの原因になっていると思います。

この視点から見てみると、一般的にはディストピア小説と思われる本書におけるエレホンはほんとにディストピアなのかという疑問が湧いてきます。あるいは誰にとってディストピアなのかとも言い換えられます。西欧人はもちろん西欧的価値観に慣れている私たちにとってエレホンはディストピアと感じると思いますが、エレホン人自体が自分の国をディストピアと感じているのかどうかはまた別の話であるという視点を持たなければ結局自分たちの価値観を押し付けるだけの独善に陥ることになりかねません。

エレホンとは実はNOWHERE(どこでもない場所)を逆さにしたEREWHONから来ています。作者としてはどこでもない場所とはどこの場所でもどこの国でもあるいは未来のいつかにあり得る話なのだということを示唆したかったのでしょう。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

読んで楽しい:1票
素晴らしい洞察:5票
参考になる:37票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『エレホン』のカテゴリ

登録されているカテゴリはありません。

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ