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ぽんきち
レビュアー:
死刑執行人として生きるということ
シャルル・サンソンは代々、死刑執行人を務めたサンソン家の4代目にあたる。
フランス革命期に当主であったため、ルイ16世やマリー-アントワネット、ロベスピエールといった多くの人々の処刑にあたった。
革命の暗部を担ったとも言えるシャルルは、生涯に実に約3000人もの処刑に携わったという。

本書は、文豪バルザックがシャルルに成り代わって書いた形になっている。但し、執筆当時、シャルルはすでに世を去っており、5代目のアンリが継いでいた。サンソン家には歴代の当主による手記や手紙などの資料が伝わっており、一族に語り伝えられた口伝もあった。これらを元に5代目に話を聞き、またバルザック自身も資料を集めて執筆にあたった。
ただ、当時、バルザックはまだ駆け出しの作家であり、この回想録には共著者がいた。残念ながら共著者の方はあまり有名な作家にはならず、共著者が書いた部分はあまり価値がないとみなされるようになった。
後にバルザックの死後、全集が出るにあたって、バルザックの書いた部分のみを選り分ける作業が必要になった。版によってある程度の違いがあり、本書では2つの版を適宜参照している。

フランス革命で重要な役割を担ったシャルルではあるが、本書には王や王妃の処刑については書かれていない。
むしろ、ムッシュー・ド・パリと呼ばれた「死刑執行人」一族として生きていくのがどういうことかという記述に終始する。
ある版では、タイトルを『不可触賤民の思い出』としている。
彼らは裕福ではあったが、差別を受ける立場でもあった。つまりは「死刑執行人」というのは忌み嫌われる仕事であったということだ。そしてその家に生まれたならば、その軛から逃れることはできない。後を継ぐものはもちろんだが、兄弟・姉妹もひっそりと生活し、パリ以外の街で死刑執行人を務める家と縁組をする。

印象的なのはシャルルの子供時代の思い出で、彼は親元を離れて地方の寄宿学校に入れられる。学業の面ではまずまず優秀だったが、あることがきっかけで学友たちに彼の家が死刑執行人であることが知れ渡ってしまう。噂は広まり、保護者からは苦情が出て、ついには彼は放校処分になってしまう。
父親が何とか教育を受けさせようと、知り合いのいない遠方の学校を選んだのに、残念ながらうまくいかなかったのだ。
その後、彼は家庭教師により教育を受けることになる。
こうした差別は陰に陽にあり、教会も例外ではなかった。神の元での平等は建前でしかなく、彼らは他の市民とともには礼拝に列席できなかった。

一族に伝わるある先祖の若き日の逸話も読ませる。
彼はあるとき、美しい娘と恋に落ちる。後にわかることだが、彼女の家も死刑執行人の家系だった。彼女は家業を気に病み、非常に苦しい思いをしており、もしも彼が家を継ぐならば結婚はできないと彼に告げる。しかし、彼には選択肢はなかった。すでに家業を継ぐ命令が下っていたのだ。若い2人の必死の想いは実らず、恋は悲劇の結末を迎える。

仕事柄、彼らは人体のしくみに詳しく、医師のような役割を果たすこともできた。
金のあるものからは対価をもらったが、貧しいものは無償で見てやった。世話になったものは、内心では彼らに密かに敬意を払っていたというのも興味深い話である。

父が子供にはできるだけのことをしてやりたいと思う気持ち。
誰かが担わねばならない仕事をしているにもかかわらず差別を受ける苦しみ。
バルザックは脚色を交えつつ、そうした感情をドラマチックに描き出して見せる。
彼らが受ける待遇は理不尽であり、ある意味、死刑制度の矛盾を背負わされた被害者であるとみることもできる。処刑=殺人は人の忌み嫌うところであるが、制度として死刑がある以上、誰かが手を汚さなければならない。よんどころなくその仕事に手を染める者が差別を一手に受けていたことになる。

前述のように、共著者があった作品の一部を抜き出した形であるためか、いくぶん雑駁とした印象を受ける。
とはいえ、死刑執行人一族の暮らしがどのようなものであったか、生き生きと描き出して見せるのは、さすが文豪バルザックというところだろうか。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1826 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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