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darklyさん
darkly
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虐待を主題としながら今日的な社会問題を織り込んだ短編。誰しもがステレオタイプとなりそうな話題でありながら物語はストレートではなく考えさせられる内容である。
勇輔はバツイチの宅配ドライバー。現在は同じくバツイチの奈桜とその息子の晴真と住んでいる。交際当初は勇輔に懐いていたように思われた晴真だったが同棲を始めると次第によそよそしく反抗的になっていった。奈桜は前夫が晴真に手を上げることがあったため勇輔に対して言葉で躾けることを懇願していたが勇輔はついに晴真に手を上げて家を飛び出す。

職場の仮眠室で夜を過ごした勇輔に生まれ故郷の友人から電話が入った。「おまえの子供がころされたぞ」と。勇輔は前妻との間に達海という息子がおり、達海が現在の父親から虐待を受けて亡くなったのだ。テレビ局の取材で故郷に帰った勇輔は達海が勇輔の写真を元に書いたと思われる似顔絵とその裏に書かれていた「おむかえにきて」という文字を見る。

主題はもちろん虐待ではあるものの単純な話ではなく人により解釈が異なりそうな物語です。私が思うにキーになる言葉は題名の「迷子のままで」。これは勇輔が子供の頃雑踏の中で迷子になって必死に父親を探し出しその手を握った時、自分を探している風もなく期待していた「心配したぞ、ごめんな」でなく「なんだ、迷子のままでいたほうがよかったのにな」と言われた言葉の一部分なのです。

子供なら誰しも当然と思っていた父親からの愛情がないと分かった時のトラウマは呪いとなり勇輔の人生に暗い影をおとします。晴真には同じ思いをさせたくないと思いながらも親子の愛情が希薄であった勇輔は心から愛情を感じることができません。

しかし、「なんだ、迷子のままでいたほうがよかったのにな」という言葉は達海が死んだことを知り、なおかつ達海が自分の愛情を求めていた可能性に思い至った時、別の意味に変わります。つまり迷子のままならいつか会える可能性がありますが、死んでしまえばその可能性はないのです。子供として親の愛情を渇望した勇輔は自分の子の自分に対する思いを知りまた親として子供の愛情も求めていたことをこのいつか会える可能性がなくなったことで自覚するのです。

社会的な問題を真正面から描く天童さんらしく50ページ少しの物語に様々な論点が盛り込まれています。虐待をする親はやはりその親から虐待を受けていたことが多いという虐待の連鎖、幼児を抱えるシングルマザーの窮状、女性のキャリアと子育ての両立、上っ面なセンセーショナルな部分だけを取り上げて人の人生を単なるコンテンツとしか考えていないマスコミ。

本書には「いまから帰ります」という短編も収められています。こちらは除染作業に従事する若者とヘイトスピーチなど今日的な差別を受けている在日朝鮮人やアジアからの外国人労働者の日常を描きながら、いまだに震災により亡くなった家族への気持ちの整理ができない人々への癒しを物語っておりハートフルかつストレートな物語となっています。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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