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ぽんきち
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物語を記録(アーカイブ)する
主人公の未名子は沖縄に住み、奇妙な仕事を2つしている。
1つは私設資料館の資料の記録保管。1つはインターネットを通じたクイズの出題。
いずれも正式な仕事というよりは、アルバイト的な仕事である。
私設資料館は、民俗学者を長く続けていた女性が、最後の研究対象として沖縄を選び、建てたものだった。未名子は、不登校がちだった10代の頃から、なぜかこの施設に魅かれ、通ってきてはインデックスの整理にいそしんでいた。
クイズの出題の仕事は、「オペレーター」として募集されていたもので、世界のどこかにいる誰かを回答者として、3つの言葉から1つの答えを導いてもらう形式だった。いずれの回答者も日本語は堪能だったが日本人ではなく、素性はよくわからない。このクイズがどのような目的でなされているのかも不明だったが、未名子にはあまり気にならなかった。
孤独な彼女はどちらの仕事にも向いていた。

ある朝、未名子の家の庭に、突然、1頭の馬が現れる。それは、今は途絶えた琉球競馬に使われる「宮古馬(ナークー)」だった。突然現れた大動物に戸惑い、一度は駐在所に届けたものの、未名子はやはりこの馬を飼うことに決める。名前はヒコーキ。琉球競馬の名馬にちなんだ名である。
時を同じくして、資料館の館長の女性が病に倒れ、未名子の人生に、大きな転機が訪れようとしていた。

いささかふわふわとした物語の中に、港川人、「ソテツ地獄」、「鉄の雨」と沖縄の歴史が散りばめられる。インターネットの向こう側には、クイズの回答者たちの人生がちらつく。あるいは宇宙飛行士になる夢を絶たれ、あるいは家族との深い断絶を抱え、あるいは戦地のシェルターで暮らす。彼らの人生にもまた、未名子とは異なるが、どこか似通った孤独が滲む。

豊かさを内包する物語ではあるが、瑕疵を挙げるとすれば沖縄の歴史に対する視線がどこか第三者的であることだ。もちろん史料には多くあたってはいるのだろうが、個々の出来事の描写は、通り一遍であまり厚みが感じられない。その「薄さ」は、沖縄に生まれ育ったはずの未名子の視線というよりも、沖縄在住ではない著者自身の視線を感じさせてしまう。
地域に根差した歴史と、インターネットが象徴するグローバルな観点との絡みがいまひとつ心に響いてこないのも、そのあたりに理由があるのではないだろうか。

宮古馬とともに、未名子は人生の別のステージへと踏み出す。
生きづらさを抱えた1人の女の子が、ささやかではあるが、ささやかであるがゆえの「価値」を見つける幕切れである。
ある意味、彼女自身は物語の主人公にはならない。彼女は自らの役目を”物語の記録者”だと自覚する。
その役割はごくごく小さいのだけれども、伝説の馬にまたがるその姿は、どこか壮大なファンタジーの主人公のようにも見えてくる。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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