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ぽんきち
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負けられない闘い。勝ち続けられない定め。巡り廻る生の営み。すべてを包み込み、海は茫洋と広がる。
『夏だ! 「新潮文庫の100冊2020」にチャレンジ!』参加書評です。

アーネスト・ヘミングウェイ、1952年刊行の名著。ヘミングウェイにピューリッツァー賞とノーベル賞をもたらした中編小説である。
新潮文庫では福田恆存訳が出ていたが、この夏(2020年7月)に高見浩による新訳が出た。「Star Classics 名作新訳コレクション」と称する、時代に合わせた新訳作品群の最新刊である。

物語は淡々と進む。
サンチアゴという名の老漁師。84日間もの間、不漁に見舞われている。手伝いをしてくれていた少年も、両親の反対で別の舟に乗ることになる。老人は1人で舟を漕ぎ出す。しばらくして、仕掛けに引きがあった。大きなカジキが掛かったのだ。久しぶりの獲物。だが、相手は思いのほか大物だった。老人の小舟は、海の奥深くで姿も見せない魚に、ぐいぐいと引っ張られていく。
漂流の果て、老人は何とかカジキを仕留めるが、大きすぎて舟に上げることができない。カジキの血の匂いにサメの群れが引き寄せられてくる。老人はサメと死闘を繰り広げる。
ようやく港に帰り着いた老人。しかし、せっかくの大物カジキはサメに食いちぎられ、無残な残骸になっていた。

あらすじだけ追うと、さほどおもしろいようには思えないのだが、老人の独白が物語にふくらみを生む。
老人は、力自慢だったころの黒人との腕相撲を懐かしみ、かつて住んだアフリカを思い、草原のライオンの夢を見る。疲れて釣り綱に止まった渡り鳥に話しかけ、イルカのつがいに目を細める。
獲物であるカジキと真剣勝負をするうち、老人はカジキに自分自身を投影する。敵ながらあっぱれ、これと闘える自分もまた捨てたものではない。

死と生と。生きとし生けるものは生き残るべく闘い続ける。けれどその闘いにはいずれ負ける時が来る。一方が負け、一方が勝つ。負けたものが去り、勝ったものが残る。
巡り廻る生の営みを、母なる海はすべて包み込むかのようだ。

この新訳では、本文に加え、<解説>、<翻訳ノート>、<年譜>も付く。執筆時やその後のヘミングウェイの私生活や背景を記す<解説>、スペイン語スラングや野球関連の用語を説明する<翻訳ノート>は、作品の理解を深める。<年譜>はヘミングウェイの生涯に加えて、時代背景や同時代に出た文学作品も挙げており、眺めていくと非常におもしろい。
本作に関しては、発表時にもちろん賛辞も多かったが酷評もあったという。また、寓話性を読み取る向きも多かったが、ヘミングウェイ自身は
シンボリズムなどはありません。老人は老人。少年は少年で、魚は魚。サメはサメ以外の何物でもない。
と語っていたというのも興味深いところである。

本作は映画化もされており、ヘミングウェイ自身、制作に協力している。映画のためにカジキを捕えようともしたが失敗。映画には作り物の魚が使用された。
本物が使えなかったのは残念ではあるが、なかなか味わい深い作品に仕上がっている。

さて、老人は闘いに勝ったのだろうか、それとも負けたのだろうか。
傍目には大物を捕まえながらせっかくの釣果を台無しにした、不運で不幸な敗残者とも見られそうだ。だがヘミングウェイはこの一文で結ぶ。
老人はライオンの夢を見ていた。

漁師は老人である。けれどもまだ負けてはいないのだ、おそらく。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1826 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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