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はなとゆめ+猫の本棚
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私と村上は殆ど同世代。私たちの時代の父親は、総じて寡黙だ。
 村上が父親について描く随筆。

 少し恥ずかしいのだが、村上と私はたった2歳しか違わない。同世代だ。

 私と自分の子供とは、頻繁ではないが、それなりに会話はできる。確かに、私の青春時代は、電話は固定電話だったし、パソコンやネットはなく、コミュニケーションは手紙が一般的だった。でも、私が老年になっても、ネットは使っているし、携帯も利用している。だから、子供と同じ環境を享受している。考えていることは、大きな差があるかもしれないが、会話は問題なく成立している。

 ところが、村上がこの作品で語っているように、私たち世代は父親と会話ができず、大きな断絶があった。

 それは父親の青春は戦争のただ中にあり、そして私たちは戦争が終わって生まれた世代。だから、父親との会話はなかなか成立しない。

 村上の父は、太平洋戦争に驚くことに3回も軍隊に召集されている。しかも一回目は手続きのミスで招集されている。だから死地を彷徨っているし、中国人の捕虜を目の前で刺殺する場面にも遭遇している。

 戦争に覆われ、死と隣り合わせした経験は、とても子供に話せるものではない。
だから、戦争世代の父親には断絶があり、総じて寡黙だ。

 村上の父親は、優秀な人で、京都帝国大学に進学。そこで戦争に応召され、戦後、すぐ京都大学にはいりなおし、大学院まで行き、卒業後は兵庫の甲陽学院の先生になる。

 村上は一人っ子で、暖かい両親の元、育てられる。そんな暮らしの中で、父と行動、会話した殆ど唯一の思いで。

 家にいついた野良猫を、父親が自転車にのり、夙川が海にでる香櫨園の浜まで、村上が後部に乗り、猫を入れたダンボール箱を抱えて行く。そして、浜辺で猫を棄て、家に帰ってきたら何と猫はすでに浜から村上の家まで帰ってきていた。

 私は、会社時代、海外出張が多かった。故郷にある日帰った時、父親が「今度はどこへいったんだ?」と聞く。
大いに、みやげ話、自慢話をしようと思い勇んで

「アメリカ」と言った。
父親が突然、顔を曇らせて、低い声で力強く言う。
「俺はアメリカが嫌いだ。」と。ここにも戦争が影を落としていた。

 山のような大量な本を私は読んでいる。
村上の文章表現は、その中でも群を抜いてきらめく。卓越した才能を持つ作家だと本当に思う。
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はなとゆめ+猫の本棚
はなとゆめ+猫の本棚 さん本が好き!1級(書評数:6228 件)

昔から活字中毒症。字さえあれば辞書でも見飽きないです。
年金暮らしになりましたので、毎日読書三昧です。一日2冊までを限度に読んでいます。
お金がないので、文庫、それも中古と情けない状態ですが、書評を掲載させて頂きます。よろしくお願いします。

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この書評へのコメント

  1. 菅原万亀2022-11-24 09:36

    私もこの本を読んで、親のことを想う時間を持ちました。私の親は戦時は子ども世代でしたが、やはり多くを語りませんでした。子ども時代の戦時の親の絵日記が残っているのですが…まだ読めていません。

  2. はなとゆめ+猫の本棚2022-11-24 12:37

    菅原万亀さん コメントありがとうございます。絵日記は大切な宝物ですね。
    私の母親は私が幼い時に亡くなりました。律儀な親父は、パナマ帽をかぶり、参観日や学校行事に来てくれました。親父以外はすべての参加者は母親たちでした。いつも、そんな母親たちの場所から少し距離をおいて、授業を見学していました。
     その時の親父のキリリとした白黒写真が実家には残っています。

  3. 菅原万亀2022-11-24 14:26

    お返事ありがとうございます!
    本の活字として公に残る記憶や言葉も貴重ですが、ごく限られた人に残されてひっそりと生き続ける記憶もまた、同じくらい大切なものだと思います。お父様のお話をしてくださってありがとうございました。
    この本を読んで私も、自分だけが知っている去っていった人たちの記憶を大切にしたいと思いました。

  4. No Image

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