darklyさん
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西洋幻想譚がお好きで、ある程度知識がある人には楽しめるかもしれませんが、単に怖い幽霊話を読みたい人にはお薦めできません。まさにフォークロア的な話が多く怖さというよりもロマンを感じてしまいます。
本書はアーサー・マッケンなどの小説の翻訳をしている南條竹則さんによるイギリスにおける幽霊を題材にした民間伝承集です。そして怪奇小説評論の第一人者である東雅夫さんが編集長を務めた「幽」という雑誌に連載されたものを単行本化したものです。
通常のアンソロジーと違うのは単にあるテーマについて小説を羅列したものではなく作者の紹介、時代背景、宗教との関係、現在の怪異譚への影響や類似等、南條さんの蘊蓄が縦横無尽に語られるところです。そういう意味では澁澤龍彦の評論集のような趣があります。
そして題材が17世紀から20世紀にかけてという古い話なので通常の小説の形ではなく、バラッド形式(物語詩)のものが沢山あるところも特徴です。
気に入ったテーマあるいは小説をご紹介します。
【コリンナについて】
人間の五感では決して覗くことができない世界の妖しい女性(コリンナ)に心を奪われ彼の地に足を踏み入れた詩人ヘリックを現世界に呼び戻すべくボーズデイルとブラウンは魔術を行う。ヘリックは部屋に立ち込めた煙の中から現われるがその姿は世にもおぞましいものであった。
妖しい世界からの帰還物でありますが、南條さんは浦島太郎も同じ構造であると述べています。それに加えて私は以前からなぜ良いことをした浦島太郎が年寄りにされてしまうのかについて疑問を抱いていましたが、コリンナについてと同じ構造だとすると、良いことをした話版である浦島太郎は子供向けにアレンジしたものであり、本来の伝承では魔界(竜宮城)に連れ去られて乙姫(妖女)とのこの世ならぬ快楽の日々を経て生気(寿命)を奪われ老人となって現世界に帰還すると考えれば辻褄が合うような気がします。また妖しい幽霊に虜にされるところではもちろん雨月物語との類似も指摘できるでしょう。
また人間の五感では決して覗くことができないという世界について南條さんは明らかに「白魔」や「パンの大神」で有名なアーサー・マッケンの影響があると述べています。この小説の作者は日本では無名ですが、同じくアーサー・マッケンの影響が顕著な作品群にはラブクラフトのクトゥルー神話があります。
【屍蝋燭の話】
屍蝋燭とは人が死ぬ前日等にそれを予言するかのように(生)霊的な蝋燭が現れるという現象でイギリスでは様々なバージョンで語られます。日本で言えば人魂とか鬼火とかと同じだろうと思います。以前に書評でも書いたと思いますが、マンガ日本昔話であった気仙沼の民話「みちびき地蔵」も同じ構造だと思われます。
人は死ぬ前日にその生霊がみちびき地蔵と呼ばれる地蔵にお参りするという。山に住む家族がある晩、無数の生霊がお参りしているのを目撃する。翌日、海岸では異常に潮が引き村人たちがワカメ採りに精を出していた。そこに津波が押し寄せる。ちなみに「みちびき地蔵」はYouTubeで観れます。
西洋での幽霊話の本場はイギリス、そして日本においても幽霊話は独自に発展してきました。宗教が違うのでディテイルは違いますが構造的に同じような話が多いのは少し本書でも言及がありましたが変化に富んだ自然と気候を持つ島国同士という類似性がもたらしたものではないかと思います。だだっ広い平坦なところが多いアメリカや一年中同じような気候の土地にはイギリスや日本の幽霊は生息できないように思います。
おまけですが「木にさわる男」という章があります。西洋では縁起かつぎのおまじないとして木にさわるという習慣が昔からあります。おまじないのレベルなら良いのですがそれが神経症的、強迫観念的に全編を貫くボローの「ラヴェングロー」という奇書があります。この中の登場人物に木にさわる男が出てくるのですが、ボロー短編集の編者がこの男はウィリアム・ベックフォードであろうと言っています。ベックフォードはご存知の方もいるかと思いますがアラビアを題材とした幻想譚「ヴァテック」の作者です。ボローといい、ベックフォードといい、やはり怪奇幻想小説家は普通の人間よりも過敏で病的な精神を持っている人が多いのかもしれません。ちなみに「ヴァテック」はボルヘスの新編バベルの図書館3イギリス編Ⅱに収められています。
通常のアンソロジーと違うのは単にあるテーマについて小説を羅列したものではなく作者の紹介、時代背景、宗教との関係、現在の怪異譚への影響や類似等、南條さんの蘊蓄が縦横無尽に語られるところです。そういう意味では澁澤龍彦の評論集のような趣があります。
そして題材が17世紀から20世紀にかけてという古い話なので通常の小説の形ではなく、バラッド形式(物語詩)のものが沢山あるところも特徴です。
気に入ったテーマあるいは小説をご紹介します。
【コリンナについて】
人間の五感では決して覗くことができない世界の妖しい女性(コリンナ)に心を奪われ彼の地に足を踏み入れた詩人ヘリックを現世界に呼び戻すべくボーズデイルとブラウンは魔術を行う。ヘリックは部屋に立ち込めた煙の中から現われるがその姿は世にもおぞましいものであった。
妖しい世界からの帰還物でありますが、南條さんは浦島太郎も同じ構造であると述べています。それに加えて私は以前からなぜ良いことをした浦島太郎が年寄りにされてしまうのかについて疑問を抱いていましたが、コリンナについてと同じ構造だとすると、良いことをした話版である浦島太郎は子供向けにアレンジしたものであり、本来の伝承では魔界(竜宮城)に連れ去られて乙姫(妖女)とのこの世ならぬ快楽の日々を経て生気(寿命)を奪われ老人となって現世界に帰還すると考えれば辻褄が合うような気がします。また妖しい幽霊に虜にされるところではもちろん雨月物語との類似も指摘できるでしょう。
また人間の五感では決して覗くことができないという世界について南條さんは明らかに「白魔」や「パンの大神」で有名なアーサー・マッケンの影響があると述べています。この小説の作者は日本では無名ですが、同じくアーサー・マッケンの影響が顕著な作品群にはラブクラフトのクトゥルー神話があります。
【屍蝋燭の話】
屍蝋燭とは人が死ぬ前日等にそれを予言するかのように(生)霊的な蝋燭が現れるという現象でイギリスでは様々なバージョンで語られます。日本で言えば人魂とか鬼火とかと同じだろうと思います。以前に書評でも書いたと思いますが、マンガ日本昔話であった気仙沼の民話「みちびき地蔵」も同じ構造だと思われます。
人は死ぬ前日にその生霊がみちびき地蔵と呼ばれる地蔵にお参りするという。山に住む家族がある晩、無数の生霊がお参りしているのを目撃する。翌日、海岸では異常に潮が引き村人たちがワカメ採りに精を出していた。そこに津波が押し寄せる。ちなみに「みちびき地蔵」はYouTubeで観れます。
西洋での幽霊話の本場はイギリス、そして日本においても幽霊話は独自に発展してきました。宗教が違うのでディテイルは違いますが構造的に同じような話が多いのは少し本書でも言及がありましたが変化に富んだ自然と気候を持つ島国同士という類似性がもたらしたものではないかと思います。だだっ広い平坦なところが多いアメリカや一年中同じような気候の土地にはイギリスや日本の幽霊は生息できないように思います。
おまけですが「木にさわる男」という章があります。西洋では縁起かつぎのおまじないとして木にさわるという習慣が昔からあります。おまじないのレベルなら良いのですがそれが神経症的、強迫観念的に全編を貫くボローの「ラヴェングロー」という奇書があります。この中の登場人物に木にさわる男が出てくるのですが、ボロー短編集の編者がこの男はウィリアム・ベックフォードであろうと言っています。ベックフォードはご存知の方もいるかと思いますがアラビアを題材とした幻想譚「ヴァテック」の作者です。ボローといい、ベックフォードといい、やはり怪奇幻想小説家は普通の人間よりも過敏で病的な精神を持っている人が多いのかもしれません。ちなみに「ヴァテック」はボルヘスの新編バベルの図書館3イギリス編Ⅱに収められています。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:KADOKAWA/角川書店
- ページ数:0
- ISBN:9784041083260
- 発売日:2020年01月07日
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『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』のカテゴリ
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