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三太郎さん
三太郎
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カタツムリと現代の遺伝学との深い関係について。
著者の千葉さんは1960年生まれだというから僕よりちょっと若い。でも文章を読むともっとずっと若いように感じる。日本の漫画やアニメに詳しいようだし・・・(僕の不得手な分野だ)。

氏の専門は生態発生適応科学というらしい。新しい生き物が生まれて環境に適応していく仕組みを研究する科学ということかな。

本書のテーマはざっくりいえば、ある生物が元の生物から遺伝的に分かれて別の生物になる分化のメカニズムの解明と、たぶん著者自身のこれまでの研究者人生を振り返る物語のようだ。物語の主人公は陸生巻貝(つまりカタツムリ)と著者自身だ。そして名脇役が氏の共同研究者のデビソン博士と何人かの大学院生たちだ。

僕は著者より3歳年上なのだが、僕が大学生になった頃の生物学は分子生物学が主流で生態学とか進化論とかには興味を引かれなかった。氏によれば当時の日本の遺伝学や進化学は、ルイセンコ説とか今西進化論とか疑似科学的な学説がまだ勢力を持っていて、実証的な生物学の新しい学問の流れについていけていなかったようなのだ。

氏は学生の頃は地質学科で古生物の化石からその進化を調べていたのだが、いつの間にか生態学者になっていた。若い頃の研究のフィールドだった小笠原諸島の陸貝がその鍵を握っていたらしい。

生物の種の分化はダーウィンが唱えたわけだが、ダーウィンは種は少しずつ変化していき長い時間をかけて分化すると考えていたが、遺伝の仕組みが分かってくると、種は遺伝子の突然変異であるとき急に分化するという説が有力なった。しかしその後一回の突然変異では種は分化できず、複数回の突然変異が必要だという説が有力になる。

著者らは陸貝の種の分化を研究していたが、ある日、他の研究グループが陸貝が一回の突然変異で分化したという論文を発表し、学会の注目を浴びることになった。右巻きのカタツムリと左巻きのカタツムリは決して交尾できないからだという。著者らは反論したがあまり注目されなかった。

種の分化という概念は結構曖昧な気がしていたが、ここでは互いに交配できなくなることが種の分化だとしているようだ。問題のカタツムリの場合は、本来は貝殻が右巻きのカタツムリから生まれた左巻きのカタツムリが元のカタツムリから分化しているかどうか、つまり両者が交尾できないかどうかが論点だった。

著者は実は若い頃に日本のある左巻きのカタツムリと右巻きのカタツムリが交尾しているのを見た記憶があったから、これらの二種のカタツムリが本当に別の種なのか疑問を持ったのだ。

十数年後、著者はカタツムリ採取の名人である院生を伴って飯豊連峰の山に分け入り、同じ場所に住んでいる左巻きのカタツムリと右巻きのカタツムリを採取し遺伝子の解析を行って、両者が交雑していることをついに確認した。さらにカタツムリ採取名人の院生から生物学のアマチュアが撮った左巻きのカタツムリと右巻きのカタツムリが交尾している写真があることを教えられた。こうして左巻きのカタツムリと右巻きのカタツムリとは交尾可能で分化していないことが判明した。

実はもっとも面白かったエピソードは、著者が指導していた院生が、先生の指示に反して大発見をするという話だ。その院生のテーマは仙台の海岸に生息するある陸生の巻貝ホソウミニナで、大きさの異なる2種類がいることが分かった。大きな方は海岸の海の近くに住み、小さな方は海岸からやや離れたところに住む。

著者は大きな巻貝から突然変異で小さな巻貝が生まれ、まさに貝が海岸線から陸へ移っていく過程にあると考え、遺伝子に違いがあることを確認するように指示したが、院生は納得しなかった。おかしな点があるというのだ。海岸線近くに住む大きな方の貝には生殖が認められていないと。

そしてある日、その院生は大きな方の巻貝の生殖腺に寄生虫(二生吸虫)が住み着いていることを発見した。この寄生虫は貝に取りつくと貝の行動を操作して海の近くに移動させ、次の宿主である魚に移り易くしていたのだ。寄生された貝は生殖線が侵されて子供を作れないので、栄養過多になって大きく成長していたのだった。

またカリフォルニアの海岸で外来種のホソウミニナが大発生しているのは寄生虫がいないからだと判明した。このホソウミニナは宮城県産のカキについて持ち込まれたことも分かった。

この発見は研究室本来の進化の研究とは関係なかったが、その院生はこの寄生虫とホソウミニナの研究で博士号を取得したという。

研究には自由が不可欠ですね。
    • マイマイの右巻きと左巻き
    • ホソウミニナ
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三太郎
三太郎 さん本が好き!1級(書評数:830 件)

1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。

長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。

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この書評へのコメント

  1. noel2021-12-26 08:21

    解説がとてもお上手なので、読んだような気になれました。それにしても、「寄生された貝は生殖線が侵されて子供を作れないので、栄養過多になって大きく成長していた」とは。体の大きさは必ずしも遺伝ばかりとは限らないのですね。単なる個体発生的な、外因性の変化だったのですね。

  2. 三太郎2021-12-26 09:38

    僕も意外だったのですが、貝のような小さな生き物は成長を止めないと子孫は作れないもののようですね。

  3. No Image

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