カイアの家族は「湿地の住人」だった。湿地は行き場の無い落伍者たちが住む無法地帯で、住人は町の人々に軽蔑されている。父は酒に溺れ妻子に暴力をふるい、母はカイアが6歳の時に家を出てゆく。兄弟姉妹は櫛の歯が欠けるようにいなくなり、父も戻ってこなくなった。
無断欠席補導員に連れられて学校に行っても疎外される。学校に行かなければ、やがて忘れられる。町の人々はカイアの存在を知っているのに、誰も助けようとはしない。彼女に手を差し伸べたのは、自活の手段を与え孫のように見守る黒人の夫婦と、兄の友人テイト少年だけだ。テイトはカイアの上に亡くなった妹の面影を重ねていて、ゆっくりと慎重に信頼関係を築いてゆく。
テイト少年のアプローチは、まるで臆病な野生の生き物に対するようだ。切り株の上に置いた綺麗な鳥の羽の交換に始まり、次第に恋に変わってゆく彼らの日々が実に瑞々しい。
テイトに読み書きを教わりカイアの世界は劇的に広がってゆく。しかし、彼が大学に進学した後、再び会う日の約束も空しく、カイアの孤独はますます深まってゆく。そこへ現れたのが・・・と物語は続くのである。
見捨てられた幼い少女が、湿地の小屋でただひとり生き抜いてゆく様子を描く過去の章と、湿地で若い男性の死体が発見される現在の章が交互に描かれる。ふたつの流れは途中でひとつになり、最後は緊迫した法廷劇へとなだれ込んでゆくのだが、ミステリとしての完成度よりも、圧倒的な孤独の中で強く生き抜くカイアの姿、彼女を支えようとする人たちの温かさに胸を打たれる。
カイアは生物学の本の中に「なぜ母親が子どもを置き去りにすることがあるのか。」という疑問への答えを探し求める。我々の中に今も残る古い遺伝子の力とでも言うべきか、自然の掟が物語の様々な場所に溶け込んでいる。
「ザリガニの鳴くところ」とは、生き物たちが自然のままの姿で生きている場所、だそうだ。野生の美に溢れ、愛の行方と裁判の評決にハラハラさせる。そして何よりも、人間だって遺伝子に書き込まれた「生物としての指向」とは無縁でいられないのだと、強く感じさせる作品である。




「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。
この書評へのコメント
- Wings to fly2020-06-30 21:40
脳裏雪さん
こんばんは(^^)
この本にも、ザリガニの鳴き声は出てこなかったように思うんですけど…(笑) 三十路の息子が子どもの頃、小学校の裏手に小川が流れていて、何かの授業で親も参加のザリガニ釣りをした記憶があります。今はもう、川は埋め立てられ新しい住宅が建てられています。ホントにね、ザリガニたちはどこへ行ったのでしょう。そんな風に生き物の棲家を無くしてしまうと、人間にも影響が出てくるに違いありませんよね。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
- Wings to fly2020-07-01 11:22
ぽんきちさん
わー、懐かしのザリガニ通信!!皆んなで読ませていただきましたね(^^)
300以上もコメントが付くような書評には、もうお目にかかれないと思います。ずいぶん前のことになってしまいました…
ザリガニは出てこないんだけど、たくさんの鳥たちに出会えますよ。幼いヒロインが、誕生日に湿地のカモメに話しかけるシーンに泣かされました。ぽんきちさんの書評を読むのが楽しみです!クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Wings to fly2020-07-01 11:32
ことなみさん
順番の待ち時間、長そうですね!あとがきによれば、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストに70数週連続ランクインしていた作品だそうです。私は表紙の絵を見て読みたくなったのです。この風景は原作のイメージ通りでした。ことなみさんの書評も楽しみ!気長にお待ちしています(^^)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Wings to fly2020-07-01 21:49
ゆうちゃんさん
。・°°・(>_<)・°°・。
書評をきっかけに興味を持っていただけるのはホントに嬉しいことです。ありがとうございます!
それにしても待ってる方の人数、すっごいですね(汗)うちの市の図書館(埼玉県)の予約状況を調べたら、たったの5人待ちでしたよ。これは人口の差なんでしょうか⁈ 神奈川と埼玉の好みの差なんでしょうか⁈
ビックリしました(笑) 早くお手元に届来ますように!クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - Wings to fly2020-07-02 21:52
hackerさん
こんばんは。この作品、ミステリという枠組みで読むと既視感があるように私は思ったのですが、諸々の生きとし生けるものに関する著者の見識には尊敬を覚えました。ご感想をお待ちしています!クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:早川書房
- ページ数:512
- ISBN:9784152099198
- 発売日:2020年03月05日
- 価格:2090円
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。





















