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Wings to fly
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女たちの、夜明け前。
絵子は、本を読むのが好きだ。自分の心を揺すぶる感情を、言葉にしたいとも思う。絵子の生きている世界には、自分で決めることの叶わないものがあまりにも多かった。せめて自分の内側くらいは律していたいから、頭の中で考えたことを言葉にしてみたい。勉強がその道のりだとしても、絵子の家のような貧しい農家では、それは男にしか許されていなかった。

舞台は、大正時代末期から昭和初期の福井である。
自分の思いをとうとう口にした絵子は、父親の逆鱗に触れて家を出され、人絹工場で働き始める。この人造の糸(レーヨン)は、絹織物に代わって主要産業となり、町に活気をもたらしていた。しかし、女工たちは倒れるまで働かされている。

町には初の百貨店「えびす屋」が開店した。
工場の賃金体系に疑問を呈したことが原因で、再び行き場を失った絵子は、えびす屋で働くことになる。百貨店が主宰する少女歌劇団の「お話係」、つまり脚本家として。(モデルとなった福井の百貨店には、実際に少女歌劇団があったという。)

絵子の「夢に似た何か」から取り出されたお話は、海の上が舞台だった。船に乗る汚い身なりの女たちは、自分が経てきた戦いのことを口々に独白する。女であり、人として扱われず、ひたすら影となって働いてきたことを。それは、難民船にそっくりなのだった。

こんなものは見たくない、と女性客たちは言う。
朝子がくれた『青鞜』には書いてあった。
「たまたま突飛な考えを抱く者があると、女性自ら女性に攻撃の矢を放って自らを侮辱するような現状」と。
朝子は労働運動を起こして逮捕され、妹は収穫のための労働力として嫁ぎ、子に恵まれない姉は肩身を狭くして婚家にいる。

「長き夜の、遠の眠りのみな目覚め、波乗り舟の、音の良きかな。」
新しい時代は、すぐそこまで来ている。けれども、それはまだ眠っている。
近代化の夜明け前、置かれた場所で懸命に生きてゆく女性たち、それぞれの肩をそっと抱きしめたくなる。

描かれた場所は小さな地方都市と農村だが、広い世界が福井の港から入り込んでくる。ロシア革命の後に海を越えてきたポーランドの孤児たち、ナチスの迫害を逃れてくるユダヤ人たち。史実を織り込んでゆく語り口は時に幻想的で、作品に海と涙の色を添えている。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

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