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すずはら なずな
レビュアー:
自然の中で少年が大人になっていくこと
何度も手にしながらずっと読めなかったこの作品は、私にとって「優等生の感想文用の小説」というイメージがあった。

というのも、背伸びしながら大したことの無い読書体験を総動員して書いた私の別の本の感想文と同時に文集に載った「赤い小馬」の感想文を書いたのが それこそどんなに背伸びしても敵いっこない超優秀な同級生だったからだ。
彼女がきっと深く考察し心を込めたであろうその感想文を 読まなかったことをとても後悔している。今さらなんだけれど。

こんなに年月を経てやっと読んでみて感じたのは ただの教育的で道徳的な子供向けのお話とかいうものではないということ。
大自然の風景の描写の美しいこと。風の温度、草の匂い、空の色 鳥の声や飛び立つ様、近づいてくる客人、遠ざかっていく訪問者の後ろ姿がまるで映画を観た後のように心に刻まれる。

少年はジョーディは、優しい母親と厳格な父親、馬について何でも教えてくれるビリーと牧場で暮らしている。親の顔色を窺ったり、それでも怒られることをやってしまったり、友達に自慢できることができたら嬉しくて期待に胸を膨らませる。
父親に仔馬を与えられて有頂天ではあるものの、しっかり育てよう大事にしようと一生懸命になる。

4編の短編で綴られるのは人がどんなに努力してもどうにもならない生き物の命の姿。

赤い仔馬を得て、失い、時を経て次は種付けから見守った母馬の出産に立ち会う。思いがけず今度は一つの新たな命のために壮絶な母馬の死を目の当たりにするのだ。

病に倒れた赤い仔馬にずっと付き添って、ビリーが試す様々な痛々しい荒療治も見て来たジョーディだったけれど、お腹が膨らむのを今か今かと待ちながら大事にしてきた母馬を、こんな風に死なせてしまう現実の厳しさ。
それでも生まれた仔馬を彼に渡す約束を守ったビリー、口には出さないけれどずっと息子を温かく応援してきた母親、ちょっと解りづらいタイプではあるけれど実は息子を大事に思っているしいざという時は妻に弱さを見せるコミカルさも持つ父親。少年は周囲の人間に支えられ守られながら 人間の手ではどうしようもない自然の厳しさ、命の儚さを身をもって知る。


仔馬絡みの二作の他は 予定外の訪問者、かつてここで育ったという家の無い老人に居座られそうになった家族、特に父親の葛藤が描かれる。いきなりの遠方からの訪問者は 家から離れた遠い山や森に憧れ、今まだ知らない場所を見てみたい少年の気持ちをくすぐる。老いた馬をこっそり連れて去っていく老人はそんな少年にとって憧れの存在にはほど遠いのだが。
そしてもう一作では 母方の祖父の訪問。
お年寄りあるあるなのだが、この祖父はいつも同じ昔の話を繰り返し聞かせる。「この話はしたっけな」と聞いてもなかなか「何度も聞いた、耳にタコ」とは言えないものだが、父親は来る前から不満を言い放ち、ついにはその言葉を本人に聞かせてしまうのだ。これは辛い。

少年ジョーディが思いやりをもって祖父に接するところが成長のあかしでもあるのだが、本当に祖父の伝えたかったこと、祖父が誇りに思っていた開拓者の「精神」、勇ましさについてはまだまだしっかり理解するまでにはなっていないかもしれない。
もちろん「開拓」の名のもとに虐げられた人たちのことは 祖父でさえ思い至っていない。


自然の中で育つ少年の物語として、食べるために屠ることや、害獣を面白半分で駆除しようとすること、死んだ仔馬にたかるハゲタカの様子、それを怒りにまかせて蹴散らすこと、狩りや銃への憧れ、虫や小動物の扱い、飼い犬にだって気分によっては石をぶつけることもある、そんなシーンも多く出て来る。

今の私たちの生活では残酷なことと遠ざけたり、過程を見えないようになっていたりすることが多々あるけれど、人間の成長や生活の日々の中で知る必要のあるもの、通り過ぎて改めて命について考えるきっかけとなるものもあるだろう。

150ページくらいの薄い本ではあるが、色々なことを考えさせられる内容だった。
子供向けの「いい話」だろうと遠ざけてる方がいらしたら ぜひ。

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すずはら なずな
すずはら なずな さん本が好き!1級(書評数:439 件)

電車通勤になって 少しずつでも一日のうちに本を読む時間ができました。これからも マイペースで感想を書いていこうと思います。

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