ゆうちゃんさん
レビュアー:
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抽象画が何故、人の感情を動かすのか、それを脳科学の視点で読み解いた本。抽象画は、対象を分解する方向で表現するが、それに人の学習や経験が加わって感動を起こす。人文学と科学の融合を目指した本でもある。

朝日新聞の書評で知った本。
本書は、脳科学という科学の一分野とニューヨーク派を中心とする現代抽象絵画という芸術の一分野の橋渡しを試みた本である。両者の手法(科学的探究法と絵画的技法)を還元主義(複雑な現象を一つ一つの構成要素に立ち返って究明することで現象全体を説明しようとする手法)と位置づけ、抽象絵画がなぜ人間に情動を起こすのかを探っている。
全体は四部構成であり、第Ⅰ部(1章)でニューヨーク派の抽象絵画の流れを概観し、第Ⅱ部(2~4章)で脳科学からみた視覚と認識プロセスを、第Ⅲ章(5~12章)でニューヨーク派の主な画家の経歴と作品、特徴を論じている。この第Ⅲ部は、美術史が中心ではあるが、抽象画家が絵の技法や特徴を完成させる理由を探るため、適宜脳の働きに戻って探究をしている(第8、10章)。第Ⅳ部(13、14章)では冒頭に掲げた科学と人文学の融合に話を戻している。
五感の中の視覚はそう単純な機能ではない。不完全な情報を脳が常に補完して認識をしている。網膜から得られた情報は、まず脳のV1という領域に送られる。ところが、その情報はそのままでは使えず、脳がそれを補完する(本書ではボトムアップ処理と呼んでいる)。それでも不十分な視覚情報は、記憶や学習に基づいて高次な解釈がされ、初めて認識に至る(本書ではこれをトップダウン処理と呼んでいる)。同じものを見ても、人によってとらえ方が異なるのは、このトップダウン処理に学習や経験が関与しているからである。例えば、色は、通常物体の属性とされ、反射された光の波長の事であるが、朝日や夕日を浴びた葉は赤いはずである(朝日や夕日の太陽光の波長は赤が多いから)。だが、朝日を浴びた葉を人間は(赤身がかった)緑色と認識する。もちろん紅葉は赤い葉と認識されるが、葉の色が一日でまるで変わって見えるようでは、不都合である。それで、脳ではこのような、つまり葉とは緑だと言うボトムアップとトップダウンの処理が働いているからである。
絵画は風景画のターナーを起点とし印象派を経て抽象化に進んだと本書では言っている。もともと二次元のカンバスに三次元をどう表現するか、というのが絵画の課題だったが、これは主に脳のボトムアップの機能に依拠する(不完全な二次元の図柄を脳が補完して三次元と認識する)。だが写真が発明され、絵画芸術は方向性を変えた。それが抽象画であり、対象をフォルムや線、色、光、触感などに分解する。この抽象画を見た時に脳は、ボトムアップ処理は使えず、トップダウンの処理をしようとする。それは抽象画が呼び覚ます情動であり、本章で言うところの「鑑賞者のシェア」(鑑賞者が自分の経験に照らして芸術を鑑賞すること)である。この様に抽象画は、まるで音楽のように自らを押し付けることなく、鑑賞者に感動を与える。
本書により抽象画がなぜそのように描かれているのか、理論的に分析されている。そういう意味では非常に面白い本である。だが著者には申し訳ないが、自分には本書で多数の美しいカラー図版で取り上げられた抽象画について「鑑賞者のシェア」は生まれなかった。それは、自分のトップダウン処理が働かなかったからだろう。だからと言ってつまらない本ではないことは確か。
本書は、科学と人文学(抽象画、美学?)の融合を目指したものである。この関係は14章の通り互いの発展を目指すことが理想である。抽象画が脳科学によって分析され、なぜそのように描かれるのか、が理論的に説明されるのは脳科学の発展に寄与するものと思う。一方で、絵画の側についても脳科学の知見により新たなアートの形態や創造的な表現を生み出せるとあった。こちらの部分は自分には微妙である。芸術はインスピレーションに基づくものであって知見に基づくものではない、というのが自分の芸術観である。それを突き詰めていくと、脳科学の知見を芸術が使うというのはいささか作為的に見えてしまい、両者の融合は土台無理な話となってしまう。もちろん、知見もインスピレーションの一部だという考えはあるだろう。自分には本書の目的や意図は十分なものではなかったが、それでも書かれている内容は分かり易く非常に面白い。目的や意図が読んで達成できていないと感じる本は、大概、自分にはつまらない本と片づけてしまう。しかし、本書はそうではないという点で、自分には稀有な本だった。
本書で度々絵画と比較される音楽は、絵画より抽象的なものであったが、時代が進むにつれて更に抽象的になっていった。著者は脳科学者の大家のようだが、可能なら音楽に関しても同様な考察を重ねた本を書いてくれたら読んでみたい。
本書は、脳科学という科学の一分野とニューヨーク派を中心とする現代抽象絵画という芸術の一分野の橋渡しを試みた本である。両者の手法(科学的探究法と絵画的技法)を還元主義(複雑な現象を一つ一つの構成要素に立ち返って究明することで現象全体を説明しようとする手法)と位置づけ、抽象絵画がなぜ人間に情動を起こすのかを探っている。
全体は四部構成であり、第Ⅰ部(1章)でニューヨーク派の抽象絵画の流れを概観し、第Ⅱ部(2~4章)で脳科学からみた視覚と認識プロセスを、第Ⅲ章(5~12章)でニューヨーク派の主な画家の経歴と作品、特徴を論じている。この第Ⅲ部は、美術史が中心ではあるが、抽象画家が絵の技法や特徴を完成させる理由を探るため、適宜脳の働きに戻って探究をしている(第8、10章)。第Ⅳ部(13、14章)では冒頭に掲げた科学と人文学の融合に話を戻している。
五感の中の視覚はそう単純な機能ではない。不完全な情報を脳が常に補完して認識をしている。網膜から得られた情報は、まず脳のV1という領域に送られる。ところが、その情報はそのままでは使えず、脳がそれを補完する(本書ではボトムアップ処理と呼んでいる)。それでも不十分な視覚情報は、記憶や学習に基づいて高次な解釈がされ、初めて認識に至る(本書ではこれをトップダウン処理と呼んでいる)。同じものを見ても、人によってとらえ方が異なるのは、このトップダウン処理に学習や経験が関与しているからである。例えば、色は、通常物体の属性とされ、反射された光の波長の事であるが、朝日や夕日を浴びた葉は赤いはずである(朝日や夕日の太陽光の波長は赤が多いから)。だが、朝日を浴びた葉を人間は(赤身がかった)緑色と認識する。もちろん紅葉は赤い葉と認識されるが、葉の色が一日でまるで変わって見えるようでは、不都合である。それで、脳ではこのような、つまり葉とは緑だと言うボトムアップとトップダウンの処理が働いているからである。
絵画は風景画のターナーを起点とし印象派を経て抽象化に進んだと本書では言っている。もともと二次元のカンバスに三次元をどう表現するか、というのが絵画の課題だったが、これは主に脳のボトムアップの機能に依拠する(不完全な二次元の図柄を脳が補完して三次元と認識する)。だが写真が発明され、絵画芸術は方向性を変えた。それが抽象画であり、対象をフォルムや線、色、光、触感などに分解する。この抽象画を見た時に脳は、ボトムアップ処理は使えず、トップダウンの処理をしようとする。それは抽象画が呼び覚ます情動であり、本章で言うところの「鑑賞者のシェア」(鑑賞者が自分の経験に照らして芸術を鑑賞すること)である。この様に抽象画は、まるで音楽のように自らを押し付けることなく、鑑賞者に感動を与える。
本書により抽象画がなぜそのように描かれているのか、理論的に分析されている。そういう意味では非常に面白い本である。だが著者には申し訳ないが、自分には本書で多数の美しいカラー図版で取り上げられた抽象画について「鑑賞者のシェア」は生まれなかった。それは、自分のトップダウン処理が働かなかったからだろう。だからと言ってつまらない本ではないことは確か。
本書は、科学と人文学(抽象画、美学?)の融合を目指したものである。この関係は14章の通り互いの発展を目指すことが理想である。抽象画が脳科学によって分析され、なぜそのように描かれるのか、が理論的に説明されるのは脳科学の発展に寄与するものと思う。一方で、絵画の側についても脳科学の知見により新たなアートの形態や創造的な表現を生み出せるとあった。こちらの部分は自分には微妙である。芸術はインスピレーションに基づくものであって知見に基づくものではない、というのが自分の芸術観である。それを突き詰めていくと、脳科学の知見を芸術が使うというのはいささか作為的に見えてしまい、両者の融合は土台無理な話となってしまう。もちろん、知見もインスピレーションの一部だという考えはあるだろう。自分には本書の目的や意図は十分なものではなかったが、それでも書かれている内容は分かり易く非常に面白い。目的や意図が読んで達成できていないと感じる本は、大概、自分にはつまらない本と片づけてしまう。しかし、本書はそうではないという点で、自分には稀有な本だった。
本書で度々絵画と比較される音楽は、絵画より抽象的なものであったが、時代が進むにつれて更に抽象的になっていった。著者は脳科学者の大家のようだが、可能なら音楽に関しても同様な考察を重ねた本を書いてくれたら読んでみたい。
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神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
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- 出版社:青土社
- ページ数:256
- ISBN:9784791771752
- 発売日:2019年06月22日
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