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Wings to fly
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弱者と強者、優劣の序列が支配する世の在り様についての問いかけに満ちている。
樺太アイヌとポーランド系ロシア人、本書の主役はどちらも実在の人物である。白瀬中尉の南極探検隊に犬橇係として参加したヤヨマネクフ(山辺安之助)と、最古のアイヌ語音声資料を後世に残した社会主義の民族学者ブロスニワフ・ピウスツキ。ふたりの共通点は、強国による蹂躙で父祖の地を失った民だということだ。彼らは同じ問いを心に抱え生きてゆく。

文明って、馬鹿で弱い奴は死んじまうってことなのか。
人の世の摂理とは、弱きは食われるという競争なのか。

その昔、樺太の島はアイヌやギリヤークたちの自由の天地だった。しかし、日本とロシアの領土争いの場となり、樺太アイヌはどちらの国籍を選ぶかを迫られる。故郷を追われた移住先では土人と呼ばれ、生活様式は蛮習と蔑まれ、元のままではいられない。天然痘やコレラで種族の数は激減してゆく。

しかし、襲いかかる苦難を描きつつ本書が到達するのは、ヤヨマネクフのこんな心境である。
「アイヌを滅ぼす力があるとすれば、それは自分たちの出自を恥じて疎む気持ちだ。」

一方、皇帝暗殺を企んだとして樺太に流刑になったブロスニワフは、トナカイを乗りこなす狩猟民族ギリヤークと出会う。過酷な刑期をギリヤークたちの温もりに支えられて送り、彼らの言語に精通し、ブロスニワフは樺太民族研究者としての活動を期待されてロシアに戻ってゆく。
だがその期待とは、文明国ロシアは野蛮人たちを教育し導くべきという支配欲に、高等民族だからという大義の裏付けを与えることだった。

自分が彼らの中に見つけたのは「環境に適応する叡智、よりよく生きようとする意志、困難を前に支えあおうとする関係だ」と、ブロスニワフは思う。

弱肉強食の序列に支配される世の在り様への問いかけに満ちている。作者は中盤に大隈重信を登場させ、欧米列強の論理を踏襲して国力をつけた日本にスポットを当てる。一方で、自然を畏れる心、助け合いの精神、文化芸術の美にスポットを当て、滅びゆく民の魂の高潔さを描く。文明とは、人類の進歩とは、どういうことなんだろうと考えてしまう。

いつの時代でも、人間が力の摂理を超えてゆくことは難しい。打ち寄せる大波に翻弄され、流されつつも、より良く生きようとする人たちの「熱」に照らされる。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

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