紅い芥子粒さん
レビュアー:
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「恩返し」が、人を地獄にひきずりこんでいくようで、皮肉で怖い話だった。
恩はかえさなくてもいい、着たまま死んでも罪ではない、なんて思った。
「恩に着る」という言葉がある。
「恩を返す」という言葉もある。
恩は着たままでは具合が悪い。
行きずりの人に危急存亡の危機を救われた場合、返せる当てがないまま、「恩」という重い荷を心に負って生きていかなければならない。
芥川龍之介「報恩記」は、大泥棒、商人、商人の息子の三人の告白体で綴られる。
三人ともクリスチャンで、各々が、伴天連や「まりや」様に告解する形である。
大泥棒・阿馬港甚内(あまかわじんない)は、こがらしの吹く夜更け、北条屋弥三右衛門の本宅に忍び込んだ。
茶室らしき小座敷から、主人夫婦の話し声が聞こえる。
どうやら北条屋は、苦境に陥っているらしい。
甚内は、襖の隙間から北条屋の顔を見て、驚いた。
北条屋は二十年以上も前、自分が阿馬港(マカオ)にいたとき、大恩を受けた日本船の船頭にちがいない。
昔の恩を返せるときが来た――甚内は、ほくそえむ。
北条屋弥三右衛門は、しけで持ち船が沈み、一家離散の危機に陥っていた。
こがらしの吹く夜、夫婦で苦境を嘆いていると、目の前に天下を騒がせている大泥棒の阿馬港甚内が現れた。
甚内は、二十年も前の恩返しをしたいという。
弥三右衛門は思い出した。そういえば昔、阿馬港で、捕り手に追われていた若い男を助けてやったことがあった。
甚内は、約束どうり、三日後に六千貫の大金を調達してくれた。
北条屋は、盗人に大恩を蒙った。
二年後、弥三右衛門は、甚内が捕らえられ、その首が戻り橋にさらされているという噂を耳にする。
弥三右衛門は、戻り橋へ見に行って、仰天する。
その首は、甚内のものではなく……
弥三右衛門の息子、弥三郎は、小悪人である。
放蕩の末、親から勘当された。
博打の金欲しさに本宅に忍びこんだ夜に、六千貫を届けに来た甚内とかちあった。
あこがれの大泥棒・阿馬港甚内!
家族の受けた大恩をあなたのしもべになって返したい、あなたの弟子にしてほしいと、ひざまづきひれ伏して乞うた。
しかし、甚内は、相手にしてくれない。
弥三郎は、甚内を恨んだ。
自分は血を吐く病で、どうせ長くないいのち。
なかばやけっぱちになって、ある計画を思いつく。
家族が受けた恩を甚内に返すために。
自分のちっぽけな恨みを晴らすために。
小悪人だった自分の一生を、嘘の華できらきらしく飾り立てるために……
それは、不孝を重ねてきた親への恩返しにもなるはず……
「恩返し」が、人を地獄に引きずり込んでいくようで、皮肉で怖い話だった。
恩は返さなくてもいい、着たまま死んでも罪ではない、なんて思った。
「恩を返す」という言葉もある。
恩は着たままでは具合が悪い。
行きずりの人に危急存亡の危機を救われた場合、返せる当てがないまま、「恩」という重い荷を心に負って生きていかなければならない。
芥川龍之介「報恩記」は、大泥棒、商人、商人の息子の三人の告白体で綴られる。
三人ともクリスチャンで、各々が、伴天連や「まりや」様に告解する形である。
大泥棒・阿馬港甚内(あまかわじんない)は、こがらしの吹く夜更け、北条屋弥三右衛門の本宅に忍び込んだ。
茶室らしき小座敷から、主人夫婦の話し声が聞こえる。
どうやら北条屋は、苦境に陥っているらしい。
甚内は、襖の隙間から北条屋の顔を見て、驚いた。
北条屋は二十年以上も前、自分が阿馬港(マカオ)にいたとき、大恩を受けた日本船の船頭にちがいない。
昔の恩を返せるときが来た――甚内は、ほくそえむ。
北条屋弥三右衛門は、しけで持ち船が沈み、一家離散の危機に陥っていた。
こがらしの吹く夜、夫婦で苦境を嘆いていると、目の前に天下を騒がせている大泥棒の阿馬港甚内が現れた。
甚内は、二十年も前の恩返しをしたいという。
弥三右衛門は思い出した。そういえば昔、阿馬港で、捕り手に追われていた若い男を助けてやったことがあった。
甚内は、約束どうり、三日後に六千貫の大金を調達してくれた。
北条屋は、盗人に大恩を蒙った。
二年後、弥三右衛門は、甚内が捕らえられ、その首が戻り橋にさらされているという噂を耳にする。
弥三右衛門は、戻り橋へ見に行って、仰天する。
その首は、甚内のものではなく……
弥三右衛門の息子、弥三郎は、小悪人である。
放蕩の末、親から勘当された。
博打の金欲しさに本宅に忍びこんだ夜に、六千貫を届けに来た甚内とかちあった。
あこがれの大泥棒・阿馬港甚内!
家族の受けた大恩をあなたのしもべになって返したい、あなたの弟子にしてほしいと、ひざまづきひれ伏して乞うた。
しかし、甚内は、相手にしてくれない。
弥三郎は、甚内を恨んだ。
自分は血を吐く病で、どうせ長くないいのち。
なかばやけっぱちになって、ある計画を思いつく。
家族が受けた恩を甚内に返すために。
自分のちっぽけな恨みを晴らすために。
小悪人だった自分の一生を、嘘の華できらきらしく飾り立てるために……
それは、不孝を重ねてきた親への恩返しにもなるはず……
「恩返し」が、人を地獄に引きずり込んでいくようで、皮肉で怖い話だった。
恩は返さなくてもいい、着たまま死んでも罪ではない、なんて思った。
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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- 出版社:
- ページ数:17
- ISBN:B009IWR4Z0
- 発売日:2012年09月27日
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