書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

ぱせりさん
ぱせり
レビュアー:
ゴリラの森を離れて人間が獲得した「言葉」
山極寿一さん(霊長類学者)と、小川洋子さん(小説家)の、主にゴリラをめぐる対談集である。
ゴリラの話から、さまざまな方向に話は飛ぶ。ゴリラを語ることは、人間について語ることで、環境について語ることで、未来について語ることでもあるから。

人間のゲノム(遺伝子の組み合わせのこと)と、ゴリラのゲノムを比べると恐ろしいほどよく似ているそうだ。
ゴリラ、チンパンジー、オランウータンは、そのほかの霊長類(サルと呼ばれる系統)よりも、ずっと人間に近いのだそうだ。
ゴリラの行動や社会の在り方をみれば、びっくりすることがたくさんある。動物というよりも、私たち人間の一種族の話だ、と言われても素直に頷いてしまいそうだ。

ゴリラが、密林の森に住むように、人間は言葉の森に住む。
それは、「人間はなぜ戦争をするのか」という問いから始まる。
ゴリラたちは温厚で争いを好まないそうだ。
人間は戦争する。人、という同じ種族の間で殺し合う。それは「類人猿から引きついた本能」ではなかった。
山極さんは、(理由のひとつとして)「言葉のせい」と言った。
衝撃だった。
人が言葉を獲得したのは、画期的で素晴らしいことではなかったか。でも、大抵の出来事と同じように、副作用的なマイナス面があるのだろう。
丁寧に解説されれば、ああなるほどと頷けることばかり。
「言葉を使うというのは、世界を切り取って、当てはめて、非常に効率的に自分の都合のいいように整理しなおす、ってことなんです」
「言葉というのはすごい狡猾なんですよ」
言葉を持たないゴリラの、争いのおきそうな場面で、仲裁者が間に入り、互いの顔を近づけ合う(それで問題は解決する)場面は美しかった。

人間の祖先は密林を出たことによって、ゴリラたちのような生活を捨てた。いまさら、遠い過去に立ち戻ることはできない。
言葉を持たないゴリラの時間は「いま」しかない。過去も未来もない。自分の子が殺されても、時がすぎれば、こだわりも捨てる。
だけど、人は、過去に、自らが属する集団が犯した罪(自分直接手を下したことでなくても)を負う責任がある、と考える。それは未来のためでもある。

「言葉の獲得によって人間は、自らを亡ぼすかもしれない道を歩みはじめた。その危険の代償として、他の動物には受容できない、かけがえのない文学の喜びを得たのです」
という小川さんの「つぶやき」を頼りに、ますます難しくなっていく(話し言葉だけではなく書き言葉も得た)言葉の海を、人間は泳ぎ渡っていく。

山極さんは「世の中には、言葉で表現できないことがなんと多いことか」という。
言葉で表現できないこと。
もしかしたら、それが、言葉を得た私たち人間に残された宝であるかもしれない、と思った。

掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
ぱせり
ぱせり さん本が好き!免許皆伝(書評数:1732 件)

いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。

読んで楽しい:3票
素晴らしい洞察:2票
参考になる:15票
共感した:3票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. noel2021-11-09 15:19

    >「言葉というのはすごい狡猾なんですよ」

    刺さりました。

  2. くにたちきち2021-11-11 12:54

    ぱせりさん:この秋に、コロナ禍の中、あるシンポジウムの演者として、講演した山極寿一氏の言葉に「人間は本性として共同して生きる特性を有する」というのがあって、大きな共感を呼びました。そして、共生のために必要なことは、コミュニケーション、則ち言葉のやり取りであり、その手段が多様化してきたことを、むしろ歓迎すべきだとしていました。「言葉の力」をもっと積極的に認めることが大切だと思います。

  3. ぱせり2021-11-11 13:14

    くにたちきちさん、山極寿一さんの講演、お聞きになったんですね。
    わたしは、言葉の危険さのほうばかり書いてしまい、偏ってしまいました。
    共生のために必要なこと、「言葉の力」を積極的に認める……ほんとうですね。
    第一、「自らを亡ぼすかもしれない危険な要素を持った言葉」でもある、ということは、言葉って本当に大きな力を持っているのですね。
    共に生きる同士、言葉を持った同士、良い方向に力を使っていきたいですね。

  4. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『ゴリラの森、言葉の海』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ