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ぽんきち
レビュアー:
彼がたどり着く先は、甘美な牢獄、あるいは絶望の理想郷なのか。
フランスの作家・小説家であるミシェル・ウェルベックの2019年刊行作品。

作品には、過激な性描写や露悪的な語り口、人権や宗教などのセンシティブな問題に関する辛辣な描写なども多く、賛否両論あるようだ。
ムスリムの大統領が誕生する設定の『服従』(2015)は、その出版日がたまたまシャルリー・エブド襲撃事件と重なり、そうした点でも話題を集めた。

本作を読んでみようと思ったのがなぜだったのか忘れてしまったのだが、タイトルが「セロトニン」だったこと、あるいは主人公がバイオ化学企業モンサントに勤めていた経歴がある点に興味を惹かれたのだったかもしれない(だが読み始めてわかったが、モンサントは本作にはほとんど関係がない)。

セロトニンは精神を安定させる働きを持つ神経伝達物質である。
主人公のフロラン=クロードは抗鬱剤として、セロトニンの分泌を高める<キャプトリクス>という薬を服用し続けている。
薬の副作用として、彼の性欲は減退し続ける。
つまりは、精神の安定と引き換えに、彼は性愛の世界からは脱落していくわけである。

端的に言えば、これは中年男が社会生活から徐々にドロップアウトしていき、最終的には「引きこもり」として沈んでいく物語である。

当初は農業関連の調査の仕事を持ち、日本人の高級コールガールの彼女もいた彼だが、彼女にうんざりしていたのもあって、「蒸発」を決める。仕事も辞めてしまう。
昔の彼女とならやり直せるかと思ってみたり、かつての友人を頼ってみたりするが、いずれもうまくはいかない。彼女には5歳になる子供がいて、自分の入り込む余地はない。友人は農業を営んでいるが、経営は厳しく、抗議活動に身を投じ、結果的には破滅の道をたどる。

フロラン=クロードには、父親の遺産があり、働かなくても当座の暮らしには困らない。ある種の「高等遊民」なのだが、なにせ人生を立て直すことができない。いや、そもそも彼は人生を「立て直し」たいのだろうか・・・?

メインストーリー以外も、少女性愛者の鳥類学者とか、両親の死の顛末とか、食えないエピソードも多く、なるほどこういうところが露悪的と評される所以なのかもしれない。
こう書くと何だか救いのないお話のようなのだが(いや、実際、救いはないのかもしれないが)、全体にはシニカルだがユーモアも感じられ、何となく読まされてしまう。

彼の主治医は彼が「悲しみで死にかけている」という。
悲しみで死なないために、彼は、白い楕円形の小粒の錠剤を飲み、セロトニンを絞り出す。
放浪の果て、彼は最終的には小さな自分だけの「城」に落ち着き、そこを想い出で飾る。
まるで、自分の墓に花を飾るかのように。

そこはおそらく彼の終の棲家で、遠からず彼は死を迎えるのだろう。ここは終末の時を待つどん詰まりの場所だ。
孤独といえば孤独だが、そこに一抹の甘美さも見るようにも思うのだ。
賞賛はできないが、現代人の抱える孤独を突き詰めていくと、ある場合にはこんな形を取るのかもしれない。共感というほど強い感情ではないが、うっすらと「わかる」ような思いにもとらわれる。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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