darklyさん
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玉石混交と言われるフィッツジェラルドの後期作品の中から村上春樹がセレクトした短編・エッセイ集。ある意味地味な、これほど地味な短編集はなかなかない。
この短編集はフィッツジェラルドの晩年の短編・エッセイから村上春樹さんがセレクトしたものです。ある意味地味な、これほど地味な短編集はなかなかありません。そして自らの命がそれほど長くはないと予感したかのようにどこか暗く寂しく不安な気配が全体に通底しているような気がします。以前からフィッツジェラルド作品を翻訳し、ネームバリューがある村上さんでなければなかなか単行本として出版することを出版社は躊躇したかもしれません。
ご存知の通りフィッツジェラルドは1920年代前半にデビューし「グレート・ギャツビー」他を発表しアメリカ文学を代表する作家となりましたが、妻ゼルダとの派手な生活、そしてゼルダの精神的不調、そしてアルコール中毒と順風満帆な作家生活を送ったとは言えません。常にお金が必要な人生を送った彼はお金のために物を書くということも多く村上さんによれば作品は玉石混交でありその中から良いものをあるいは好きなものをセレクトしたようです。
本書は短篇8つとエッセイ5つが収められていますが二点好みの作品をご紹介します。
【嵐の中の家族】
医師でありながらアルコールに溺れ、医師としてのキャリアも自信も失ったフォレストは弟ジーン及びその家族を始め周りの信頼を失っている。ある日ジーンから息子ピンキーの銃創の手術を依頼されたが断る。ピンキーはならず者でフォレストが密かに心を寄せていたメアリと駆け落ちしたあと彼女を死なせたことを恨んでいるからだ。いやそれ以上に自分に自信がないから。そんな時町を竜巻が襲う。死者や怪我人が続出するなかフォレストは奮闘する。そして少女ヘレンと出会う。ヘレンの父親は竜巻からヘレンを守るため覆いかぶさり命を落とした。フォレストはヘレンを守るために生きていく決心をする。
村上さんはこの作品の竜巻の描写について絶賛しています。私にはそれがどれほど素晴らしいのか英語で味わえませんので分かりません。しかし、アルコールでダメになっていく人生において最後に希望を持つ展開は、フィッツジェラルドが自分自身に向けた希望の物語ではないかと思います。結局その願いは叶いませんでしたが。
【ある作家の午後】
ある日朝起きるといつになく体の調子が良い病弱の作家は気分転換に外出をしようと考える。物を書くのもままならず、経済的にも困窮している。バスに乗って街を眺め、床屋に行く。そしてまたバスに乗り家に帰る。
本筋とは関係のない話なのですが、小説家、音楽家をはじめ芸術家の中には破天荒な人生を送り、命を削って作品を生み出し、時には夭折することでその存在や作品が評価されたり伝説化するということがよくあります。また特に画家などは死後評価が高まるということも多々あります。このようなことを逆に解釈し、人生や命を犠牲にしなければ良い作品は生まれないという説もあります。
フィッツジェラルドはまさにそのような人生を送った人でした。後期の傑作「夜はやさし」はもちろんそうですが、「グレート・ギャツビー」でさえ、栄華を極めた時代の作品でありながら破滅の物語であり、40代半ばでこの世を去ったという事実を知っている私には予言めいたものを感じます。
そしてその作品たちを愛し翻訳している村上春樹さんが日課として水泳やジョギングで体を鍛え、夜も飲み歩いたりせず規則正しい生活を送っているというコントラストがとても面白い。作品の好き嫌いはあるでしょうが、世界的に認められコンスタントにベストセラーを出している作家がこのような生活を送っているという事実は不健康で不健全な生活が素晴らしい作品を生み出す十分条件ではないのかもしれません。とにかく文学には簡単に定義することができない懐の深さを読書経験が長くなるにつれますます感じる今日この頃です。
ご存知の通りフィッツジェラルドは1920年代前半にデビューし「グレート・ギャツビー」他を発表しアメリカ文学を代表する作家となりましたが、妻ゼルダとの派手な生活、そしてゼルダの精神的不調、そしてアルコール中毒と順風満帆な作家生活を送ったとは言えません。常にお金が必要な人生を送った彼はお金のために物を書くということも多く村上さんによれば作品は玉石混交でありその中から良いものをあるいは好きなものをセレクトしたようです。
本書は短篇8つとエッセイ5つが収められていますが二点好みの作品をご紹介します。
【嵐の中の家族】
医師でありながらアルコールに溺れ、医師としてのキャリアも自信も失ったフォレストは弟ジーン及びその家族を始め周りの信頼を失っている。ある日ジーンから息子ピンキーの銃創の手術を依頼されたが断る。ピンキーはならず者でフォレストが密かに心を寄せていたメアリと駆け落ちしたあと彼女を死なせたことを恨んでいるからだ。いやそれ以上に自分に自信がないから。そんな時町を竜巻が襲う。死者や怪我人が続出するなかフォレストは奮闘する。そして少女ヘレンと出会う。ヘレンの父親は竜巻からヘレンを守るため覆いかぶさり命を落とした。フォレストはヘレンを守るために生きていく決心をする。
村上さんはこの作品の竜巻の描写について絶賛しています。私にはそれがどれほど素晴らしいのか英語で味わえませんので分かりません。しかし、アルコールでダメになっていく人生において最後に希望を持つ展開は、フィッツジェラルドが自分自身に向けた希望の物語ではないかと思います。結局その願いは叶いませんでしたが。
【ある作家の午後】
ある日朝起きるといつになく体の調子が良い病弱の作家は気分転換に外出をしようと考える。物を書くのもままならず、経済的にも困窮している。バスに乗って街を眺め、床屋に行く。そしてまたバスに乗り家に帰る。
メイドがキッチンから出てきて言った。「外出は楽しめましたか?」「素晴らしかったよ」と彼は言った。「ローラースケートをして、ボウリングをして、マン・マウンテン・ディーン(プロレスラー)ととっくみあいをして、おしまいにトルコ式風呂で仕上げをした。電報は来なかったかい?」「きませんでした」「牛乳を一杯もらえまいか」この何気ない文章に私は何とも言いようのないプライドと寂しさや諦念が混ざり合ったものを感じます。明記されていませんが多分吉報を待ち望んでいたのではないかと思います。家に帰りつき嘘の外出内容で虚勢を張り、本当は真っ先に電報がなかったかを聞きたいところを後回しにしてついでのように尋ね、来ていないという返事があってもメイドに落胆を見せずに誤魔化すように牛乳を所望する。そしてアイデアなどもう出ないことを分かり切っていながら自身を鼓舞して机に向かう。フィッツジェラルドの晩年と重なります。
本筋とは関係のない話なのですが、小説家、音楽家をはじめ芸術家の中には破天荒な人生を送り、命を削って作品を生み出し、時には夭折することでその存在や作品が評価されたり伝説化するということがよくあります。また特に画家などは死後評価が高まるということも多々あります。このようなことを逆に解釈し、人生や命を犠牲にしなければ良い作品は生まれないという説もあります。
フィッツジェラルドはまさにそのような人生を送った人でした。後期の傑作「夜はやさし」はもちろんそうですが、「グレート・ギャツビー」でさえ、栄華を極めた時代の作品でありながら破滅の物語であり、40代半ばでこの世を去ったという事実を知っている私には予言めいたものを感じます。
そしてその作品たちを愛し翻訳している村上春樹さんが日課として水泳やジョギングで体を鍛え、夜も飲み歩いたりせず規則正しい生活を送っているというコントラストがとても面白い。作品の好き嫌いはあるでしょうが、世界的に認められコンスタントにベストセラーを出している作家がこのような生活を送っているという事実は不健康で不健全な生活が素晴らしい作品を生み出す十分条件ではないのかもしれません。とにかく文学には簡単に定義することができない懐の深さを読書経験が長くなるにつれますます感じる今日この頃です。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:中央公論新社
- ページ数:332
- ISBN:9784120051999
- 発売日:2019年06月06日
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『ある作家の夕刻-フィッツジェラルド後期作品集 (単行本)』のカテゴリ
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