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ぽんきち
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「先立つものは金なのだ」+「もしも大石内蔵助が関西弁を喋ったら」
赤穂四十七士が討ち入りを決行したのは、元禄15年12月14日(旧暦)のことである。
ことの発端は、彼らの主君、浅野内匠頭が江戸城松之大廊下で吉良上野介に斬りかかる刃傷事件を起こしたこと。殿中で刀を抜いたのだから、何らかの沙汰が下されるのは当然のこととしても、幕府が命じた処分は、内匠頭は切腹、一方の吉良にはまったくお咎めなしという、いささか平等性を欠くものであった。
喧嘩両成敗ではないのか。浅野家家臣は怒った。どうすべきか、家中でも議論が噴出した。だが、ひとまず、内匠頭の弟を主君としたお家再興を目して、赤穂藩士らは城を明け渡すことにする。
だが、結局のところ、浅野家再興はならなかった。さらには、上野介はお役を返上して隠居すると決まった。もし実子のいる米沢・上杉家に引き取られるようなことになれば、一切手出しはできなくなる。浪士たちは決意した。
吉良を討つ。
決行は茶会の開かれる12月14日と決まった。
浪士たちは黒小袖に身を包み、揃って吉良邸へと向かう。
見事、吉良を討ち、本懐遂げた赤穂浪士は、亡君の墓にその首を供えた。
その後、幕府の命により、志士らは切腹、亡骸は内匠頭と同じ泉岳寺に葬られた。

この、いわゆる「赤穂事件」は、江戸の人々の心をとらえた。『仮名手本忠臣蔵』に代表されるような芝居や浄瑠璃が作られ、多くの人が熱中した。江戸の人々だけではない、現代にいたるまで忠臣蔵ものは少しずつ形を変え、多くの創作物として世に送り出されている。

これもそんな忠臣蔵物の1つ。
だが少々毛色が違う。
元になっているのは山本博文『「忠臣蔵」の決算書』(新潮選書)。
討ち入りだ何だと言っても、先立つものは金なわけである。
お取り潰しにあたって、藩札(藩独自の通貨)の取り扱いも決めねばならないし、財産の処理もある。藩士たちに退職金にあたるものを支払う。奥方様の「化粧料」はどうする。仏事にかかる費用。お家再興のための政治費用。上方と江戸の往復旅費。江戸で生活する者の生活費。そして討ち入りが決まった暁には武具購入。
とにかく何をするにも金がかかる。
そのあたりのことを、歴史学者である山本が、大石が遺した一級史料(『預置候金銀請払帳』)から探っていくものである。

そしてもうひとひねり。
『「忠臣蔵」の決算書』を元に映画が作成されることになり、「コメディで」という注文が出される。監督を打診されたのが本書の著者、中村義洋。この作品以前にも新感覚時代劇といった趣の映画を撮っている。
しかし忠臣蔵といえば皆がよく知る一大悲劇である。これを喜劇仕立てにするにはどうしたらよいのか。悩む監督の心のうちは本書のあとがきに詳しい。
キーパーソン、大石内蔵助。泰然自若とし、先の先まで見据えている人物として描かれがちだが、実はどうしようか決めかねているうちに周りが突っ走ってしまったのだったら。あっちを収め、こっちをなだめようとしながら、結果的に討ち入りになだれこんでしまったのだとしたら。
そんな「もしも」の内蔵助が動き出す。

本書は映画「決算! 忠臣蔵」のノベライズ版である。映画は未視聴なのだが、映画では描き切れなかった裏話も収められているそうだ。
金銭の話であるので、江戸時代と現代の物価を比較せねばならない。本書では、蕎麦1杯の値段を元に換算される。各人物は初登場時に必ず括弧内に年収が記される。
もう1つ特筆すべき点は、内蔵助はじめ、赤穂浪士の面々が関西弁でしゃべり倒すことだろう。これがまた妙にはまっていて可笑しい。
右往左往しながら討ち入りへと向かっていく浪士たち。
全体としては確かにコメディ仕立てなのだが、要所要所で史実を外していないのもすごい。特に、金銭面に関して、前述の『金銀請払帳』に則った金が動くことになっている。

いわゆる「正統派」の忠臣蔵ではなく、大石の実像としては果たしてどうなのかと思わないでもない。が、金銭出納から見る忠臣蔵という視点はなかなかにおもしろく、これはこれでありなのかもしれない。
なお、原作者にあたる山本博文は本書にも解説を寄せているが、病気のため、映画公開後数ヶ月で逝去。ご存命ならまだまだ歴史の新たな切り口を提示されたのだろうに、残念なことである。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1825 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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この書評へのコメント

  1. noel2020-12-14 19:36

    関西弁の忠臣蔵も面白いでしょうね。当方、京都出身なので、それが京都弁なのか大阪弁なのかが気になります。ま、内蔵助は山科にいたのですから、やはり、京ことばだったのかも。

  2. ぽんきち2020-12-14 20:12

    監督さん(脚本も担当)は関東出身のようなのですが、主演の堤真一さんが兵庫の方だそうで、赤穂も兵庫ですし、兵庫弁?寄りなのではないかと思います。
    「ちゃいますのん?」とかそんな感じなので、大阪弁ぽい感じもしますが。
    すみません、私、京都在住なのですが、出身が北陸なので、今一つこれは何弁と区別ができません(^^;)。

    内蔵助もお茶屋遊びのときとかははんなり京ことばを話したりしていたのでしょうかね。想像するとちょっと楽しいです。

  3. noel2020-12-14 23:32

    そういえば、小説の投稿サイトの「ノベルデイズ」に『不思議の国のアリス』を大阪弁訳しているのがありましたが、あれなんか面白かったですよ。

    もっとも、英語の翻訳に興味のあるひとならではの着眼ではあるのでしょうけどね。

  4. ぽんきち2020-12-14 23:45

    絵本なんかでも関西弁で訳しているのがあったりしますね。
    ちょっと雰囲気が柔らかくなってよいのかも。

  5. noel2020-12-15 08:21

    京都弁、というと、京都ジンに怒られますが、他府県人にピッタリの「京ことば集」をご紹介します。拙評をお愉しみに!

  6. ぽんきち2020-12-15 08:22

    をを!! 楽しみにしています♪

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