darklyさん
レビュアー:
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山口県の山村で起こった惨劇。殺人放火事件であったが、放火はその前からあった。だがそれは殺人事件の犯人がおこしたものではなかった。
松山在住の私が福岡県に車で訪れる場合、三津浜からフェリーで柳井港に渡り田舎道を北上して山陽自動車道に入り九州方面に向かうのですが、高速道路に入らずそのまま内陸部へ北上を続けた先に周南市金峰地区があります。
2013年7月、この限界集落で居住する12人の内5人が次々に殺害されるという事件が起こりました。被害者の数こそ少ないものの村での犯人の置かれた状況や短時間に次々と殺害された態様からネットでは平成の八つ墓村とも呼ばれた事件です。本書は事件記者の高橋ユキさんがこの事件に興味を持ち現地に赴き、村人や事件関係者、村の歴史等を取材したノンフィクションです。
「つけびの村」の「つけび」とは放火のことです。田舎町で起こった殺人・放火事件に不気味さを付け加えたのが犯人の保見光成の家に貼られていた「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という川柳のようなものです。マスコミ報道においても犯行予告かとセンセーショナルに報道されました。
高橋さんがこの事件を調べるきっかけとなったのが編集者からこの地区の夜這いの風習についての取材依頼でした。もちろんそれが事件の遠因になったのではないかとの推察があっての取材です。昔の日本では各地に夜這いの風習があったことは知られていますが、もしそれが事件の遠因であったとするならば正に八つ墓村ではないかと私は思いました。
なぜなら遠い記憶なのですが島田荘司さんの「龍臥亭事件」が正に八つ墓村をモチーフにし、その事件の遠因に夜這いの風習を設定しており、もちろんフィクションだとは分かっていますが、私の中でこの事件と八つ墓村が分かちがたく結びついてしまったからです。
しかし結局のところ夜這いが事件の遠因だという話も噂の域を出ないものであり、村でずっと悪い噂を流され嫌がらせを受けていたという主張を繰り返す保見が妄想性障害であることに疑いの余地はなく、妄想の上逆恨みによる連続殺人放火事件であることは間違いありません。ただこの村には陰湿な噂話を好む集団があったことも間違いのないようです。他の集落からこの地区の人々については良く思われていないことも取材で判明しています。
村だろうが学校だろうが職場であろうが集団の中には攻撃するターゲットを定め事実に基づかないあるいは歪曲して噂を広める人間が出現します。そのような人間にターゲットにされないように弱い人間は媚びるようになります。そしてそのグループに入っていない人は自分がそのターゲットになっているのではないかと疑心暗鬼に陥り集団の雰囲気が悪くなるということがしばしば起こります。学校や職場ならまだ数年で人は入れ替わりますが村となるとその人間関係が数十年単位で変わらず煮詰まった人間関係の閉塞感はかなりのものと推察できます。
村の閉塞感と共に次第に取材にも閉塞感が漂う中、村の長老である田村さんが取材に対し10年経たないと語ることができない本当の事件の原因があると高橋さんに伝えます。結局高橋さんはその話を田村さんから聞き出すことに成功しますがう~んそれはなかなか微妙な話なのです。
普通事件系のノンフィクションはそれが真実かどうかは別としてクリアな筋書き(もちろん推察も含みます)、それに沿う形での明確な登場人物の善悪等の役割があり、またそれに報道されていない驚愕の事実(とされるもの)などが添えられて読み物としてはとても面白いものが多い。ところがこの作品にはある意味何もありません。犯行の意外な動機があるわけでもなく、犯人に対して明らかな嫌がらせやいじめがあったという事実はつきとめられず、しかも人間として犯人よりも問題がある可能性がある村人がいて勧善懲悪とも言い難く、結局のところ何も明確にならなかったというのが結論と言えば結論なのです。
しかし実際はこれがリアルな人間社会の様相だとも思うのです。ドラマや小説とは違い結局事件がなぜ起こったのかということは犯人ですらよく分からず、長い間積み重なった出来事の中で次第に悪意が醸成され、一方的に犯人が悪で被害者を含めその他の人々は善というわけでもない中で起こった悲劇としか言いようのない事件の一つだと思うのです。社内や近所で起こる小さな事件一つとってもなかなか真実は分からない。そういう経験をしたことはないでしょうか?そういう意味において推測やこじつけによって無理にストーリーを作らず、分かったこと、分からなかったことを明確にする高橋さんの態度はとても誠実だと思います。
2013年7月、この限界集落で居住する12人の内5人が次々に殺害されるという事件が起こりました。被害者の数こそ少ないものの村での犯人の置かれた状況や短時間に次々と殺害された態様からネットでは平成の八つ墓村とも呼ばれた事件です。本書は事件記者の高橋ユキさんがこの事件に興味を持ち現地に赴き、村人や事件関係者、村の歴史等を取材したノンフィクションです。
「つけびの村」の「つけび」とは放火のことです。田舎町で起こった殺人・放火事件に不気味さを付け加えたのが犯人の保見光成の家に貼られていた「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という川柳のようなものです。マスコミ報道においても犯行予告かとセンセーショナルに報道されました。
高橋さんがこの事件を調べるきっかけとなったのが編集者からこの地区の夜這いの風習についての取材依頼でした。もちろんそれが事件の遠因になったのではないかとの推察があっての取材です。昔の日本では各地に夜這いの風習があったことは知られていますが、もしそれが事件の遠因であったとするならば正に八つ墓村ではないかと私は思いました。
なぜなら遠い記憶なのですが島田荘司さんの「龍臥亭事件」が正に八つ墓村をモチーフにし、その事件の遠因に夜這いの風習を設定しており、もちろんフィクションだとは分かっていますが、私の中でこの事件と八つ墓村が分かちがたく結びついてしまったからです。
しかし結局のところ夜這いが事件の遠因だという話も噂の域を出ないものであり、村でずっと悪い噂を流され嫌がらせを受けていたという主張を繰り返す保見が妄想性障害であることに疑いの余地はなく、妄想の上逆恨みによる連続殺人放火事件であることは間違いありません。ただこの村には陰湿な噂話を好む集団があったことも間違いのないようです。他の集落からこの地区の人々については良く思われていないことも取材で判明しています。
村だろうが学校だろうが職場であろうが集団の中には攻撃するターゲットを定め事実に基づかないあるいは歪曲して噂を広める人間が出現します。そのような人間にターゲットにされないように弱い人間は媚びるようになります。そしてそのグループに入っていない人は自分がそのターゲットになっているのではないかと疑心暗鬼に陥り集団の雰囲気が悪くなるということがしばしば起こります。学校や職場ならまだ数年で人は入れ替わりますが村となるとその人間関係が数十年単位で変わらず煮詰まった人間関係の閉塞感はかなりのものと推察できます。
村の閉塞感と共に次第に取材にも閉塞感が漂う中、村の長老である田村さんが取材に対し10年経たないと語ることができない本当の事件の原因があると高橋さんに伝えます。結局高橋さんはその話を田村さんから聞き出すことに成功しますがう~んそれはなかなか微妙な話なのです。
普通事件系のノンフィクションはそれが真実かどうかは別としてクリアな筋書き(もちろん推察も含みます)、それに沿う形での明確な登場人物の善悪等の役割があり、またそれに報道されていない驚愕の事実(とされるもの)などが添えられて読み物としてはとても面白いものが多い。ところがこの作品にはある意味何もありません。犯行の意外な動機があるわけでもなく、犯人に対して明らかな嫌がらせやいじめがあったという事実はつきとめられず、しかも人間として犯人よりも問題がある可能性がある村人がいて勧善懲悪とも言い難く、結局のところ何も明確にならなかったというのが結論と言えば結論なのです。
しかし実際はこれがリアルな人間社会の様相だとも思うのです。ドラマや小説とは違い結局事件がなぜ起こったのかということは犯人ですらよく分からず、長い間積み重なった出来事の中で次第に悪意が醸成され、一方的に犯人が悪で被害者を含めその他の人々は善というわけでもない中で起こった悲劇としか言いようのない事件の一つだと思うのです。社内や近所で起こる小さな事件一つとってもなかなか真実は分からない。そういう経験をしたことはないでしょうか?そういう意味において推測やこじつけによって無理にストーリーを作らず、分かったこと、分からなかったことを明確にする高橋さんの態度はとても誠実だと思います。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:晶文社
- ページ数:292
- ISBN:9784794971555
- 発売日:2019年09月25日
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