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“イタリア人の目を通して描く、実話に基づいた「原爆と戦争」の傷跡”という帯の言葉に惹かれて、「ぜひ読みたい!」と騒いでいたら、なんと!!本が好き!を通じてご恵贈いただくことに!
初めてゆり子に会ったのは、一九七九年、彼女が姉眞砂子の家に何日か滞在するために大阪にやってきたときのことだった。眞砂子はわたしの夫の母親にあたる。その二年ほど前から日本で暮らしていたわたしは、簡単な会話ならば不自由のないくらいに日本語を話せたにもかかわらず、そのときゆり子とはわずかな言葉しか交わさなかった記憶がある。
こんな書き出しで始まるのは、イタリア人の著者が実話を元に描いた小説だ。
日本人と結婚した当初、夫と共にフランスで暮らしていた<わたし>は、自らの願いを叶える形で、夫の母国である日本で暮らすようになっていた。
再びゆり子に出会ったのは、三年後。
妹を訪ねて江田島に帰省するという姑の眞砂子に伴われてのことだった。
一般的な観光ルートから外れて、今なお伝統的な暮らしを営む日本の田舎暮らしを垣間見ることができるまたとない機会に対する期待と、西洋人である自分が夫の親族にどのように受け止められるかという不安を抱えての旅だった。
途中原爆ドームに立ち寄って衝撃をうけ、その重い気持ちを心の奥底にしのばせながら、江田島に赴いた<わたし>は、六〇になろうという今も十分に美しいゆり子が、なぜ一人ひっそりと暮らしているのか、不思議に思うのだった。
物語は<わたし>の目に映る日本のあれこれと、<わたし>に向けられる人々の目を丁寧に織り込みながら、どうやら一族の中でもタブー視されているらしい謎めいたゆり子の過去を追う形で進んでいく。
もしもあの戦争がなかったならば……。
一見すると、はかなげで美しい悲劇の物語のようにおもえるがそれだけにとどまらない。
要所要所で日本のあれこれを観察する<わたし>の冷静な視線が光り、そうしたところにも読み応えがある。
著者は16年間日本で過ごした後、イタリアに帰国し、安部公房や漱石の作品などを次々と翻訳、とりわけハルキの翻訳者として知られる翻訳家でもあるのだそう。
そればかりでなく住井すゑの『橋のない川』を自ら出版社に持ち込んで翻訳にこぎつけたというから、物語の途中で時折ドキッとさせられる鋭い視点のありようもうなずけるというもの。
翻訳を手がけたお二人は、かつての著者の教え子なのだとか。
おそらくは、著者自身をモデルにした<わたし>の人となりを知っているからこその、作家の魅力を十二分に引き出す翻訳とも言えるのではなかろうか。
二読、三読するうちに新たな気づきのある1冊でもある。
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本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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この書評へのコメント
- かもめ通信2020-01-08 12:03
近頃、本が好き!編集部がいろいろと頑張って、様々な出版社から献本を集めてきてくれているけれど、私たちレビュアーの方でも、この本読みたいなあ!こんな本が献本にあがったらいいなあ!というものが結構あるはず。
もしかしたらココで呟いたことがきっかけで、ご恵贈いただけることもあるかも!?
そんな幸運には恵まれなくても、注目新刊情報を紹介し合える場にできたら……
と、掲示板を開設してみたところ、早速編集部が動いてくれて、既に何冊か献本も!
みなさんもぜひ!気になる本をご紹介下さい!
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