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ぽんきち
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ノーベル平和賞の産婦人科医、奮闘の記録
2018年ノーベル平和賞は、イラクのナディア・ムラド、コンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ両氏に贈られた。授賞理由は、いずれも、「戦争犯罪と勇気をもって闘い、被害者のために正義を追い求めた(Courageously combating war crimes and seeking justice for victims(Nobel Prize公式サイトより))」ことである。戦争犯罪にもさまざまあるが、両氏はどちらも性犯罪と闘っている。ムラドは自身、性犯罪の被害者であり、その経験を語る証言者となった(『THE LAST GIRL ーイスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語ー』)。ムクウェゲは産婦人科の医師であり、性犯罪によって心身ともに傷ついた女性たちの治療に当たってきた。

ムクウェゲ医師の活動は、以前、海外ドキュメンタリーで見たことがあった(『ムクウェゲ医師の闘い ~性暴力の犠牲者を癒やす~』)。
ムクウェゲが生まれ育ったコンゴのルワンダに近い地域では、内戦が続き、住民の虐殺や女性に対する残虐な性犯罪が頻発した。レイプだけでもひどいことだが、ここではさらに、赤ちゃんを対象としたり、刃物で性器を傷つけたりといった、想像を絶するようなことが行われた。ひどい暴行の結果、性器だけでなく排泄器官にも障害を負う女性もあった。
たとえ、被害者に非がなくとも、凌辱された妻を再びは受け入れられない夫も多かった。
戦争犯罪者たちは、家族単位の要である女性たちを辱め傷つけることで、家族、ひいては共同体の崩壊を目論んだのだ。
ムクウェゲはこうした女性たちを受け入れ、手術や治療で身体の傷を治し、保護して心の傷を癒そうとしてきた。

本書は、ムクウェゲの自伝である。
彼がいかにして医師を目指し、産婦人科を選び、そして戦争犯罪と闘うようになったかを綴る。

彼自身は裕福な家に生まれたわけではなかった。父はプロテスタントの牧師だった。
幼いころから貧しい人、困った人のそばで祈る父の姿を見ていた少年は、自分は大きくなったら<ムガンガ>になろうと決めた。ムガンガとは、白衣を着て薬を配る人を指す。父とは違うやり方で、しかしやはり人を助ける仕事に就きたいと考えたのだ。
とはいえ、貧しく、強力なコネももたない少年が、医師の道を進むのは非常に困難なことだった。当時、独裁政権下の方針で、成績優秀なものには工学を学ばせることになっており、ムクウェゲも当初は工学部に入る。しかしどうしても医師になりたかった彼は、自ら道を切り開き、隣国ブルンジで医学を学び始め、さらにはフランスで高度な医療を学ぶ。
幾度も道が見えなくなることがあったが、そのたび、偶然の幸運に後押しされた。

ムクウェゲの故郷ブカヴは、大きな発展には恵まれなかったが、牧歌的な美しい街だった。
ムクウェゲがまだ幼かった1960年代、ルワンダで民族の対立が激しくなり、ツチ族が多数、国を脱出する。その様子をムクウェゲ少年も目撃している。同じ頃、コンゴはベルギーから独立、その後、モブツによる独裁政権が樹立される。90年代になり、民主化運動の高まりでモブツは政権を追われ、カビラが大統領となる。98年以降は、ツチ族とフツ族の対立や、豊かな鉱物資源の獲得競争などで、紛争が激化し、虐殺や強姦が頻発するようになる。

ムクウェゲはフランスに留まる道もあった。自らの子の教育のことを考えれば、おそらくはその方がよかっただろう。しかし、初志貫徹して故郷へと戻り、女性たちの支援に当たる。
彼の活動に対しては、敵視するものも多く、西欧諸国に実情を訴えたことから「国の恥」を晒したと怒るものもいた。実際、彼も家族も脅迫を受け、亡命を余儀なくされた時期もある。

本書は、ムクウェゲ医師の信念や意思に加え、あまり馴染みのないコンゴの現代史についても触れられており、そうした点でも非常に興味深い。
彼自身は、父がそうであったため、プロテスタントであるのだが、これとは別にコンゴでは、カトリック系の布教もあった(但し、両者の関係は必ずしもよくはなかったという)。
また、コンゴの人々がキリスト教を受け入れたことに関して、大いなるもの、偉大なものに対する敬虔な気持ちが基盤にあり、ムクウェゲ医師も神を信じ、他者と分かち合う人生を是としているのも印象深い。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1826 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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この書評へのコメント

  1. 星落秋風五丈原2019-08-12 17:42

    こんにちは。この間この方のドキュメンタリーをNHKで見ました。

  2. ぽんきち2019-08-12 21:06

    本文中で触れたドキュメンタリーも最近再放送していたようなので、そちらでしょうかね。
    生い立ちの部分やコンゴの政治情勢など、ドキュメンタリーを補完するような内容で、読んでよかったと思います。

  3. 星落秋風五丈原2019-08-12 23:01

    私の見たのはこれですね。

    ムクウェゲ医師の闘い ~性暴力の犠牲者を癒やす~

  4. ぽんきち2019-08-12 23:09

    はい、私も同じものを見たと思います。
    http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=160824

  5. No Image

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