書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

ぽんきち
レビュアー:
それは地獄か新天地か。本音でぶつかり合う場所で、人々は何を見るのか。
一般に、「闇市」といえば、日本では第二次世界大戦後、連合国軍占領下の混乱期に成立した商業形態を指す。
統制経済の下、ものには1つ1つ値段がつけられた。だが政府による配給は、物資の不足からほぼ機能しないに等しく、都市部では特に食料や生活必需品が不足していた。正規のルートで物資を手に入れ生活することはほぼ不可能で、地方にこっそり買い出しに行くものも多かった。
そうした中で、空襲や立ち退きの後の空き地に発展していったのが「闇市」である。何でもござれの不法市場。怪しいものも多く売られているし、値段も法外ではあるが、背に腹は代えられぬ。
闇市の店の多くは、素人が商売を切り盛りしていた。ごった返す熱気の中で、人は時には買い手になり、時には売り手になり、日々の暮らしを立てていた。

本書はそうした「闇市」を舞台に展開する11の短編小説を編んだもの。
実際に闇市の時代を肌で知っている作家たちにとって、闇市は生活の一部であり、生き抜くうえで不可欠なものでもあったろう。
「経済流通システム」として、「新時代の象徴」として、「解放区」として、さまざまな観点から、闇市がこの時代に果たした役割が見えてくる。

編者のマイク・モラスキーは30歳で日本文化に興味を持ち、アメリカ占領時代を描いた日本本土や沖縄の文学作品の研究を皮切りに、ジャズの研究や居酒屋に関するエッセイなどを手掛けている。
選んだ作品それぞれもおもしろいが、巻末の熱い解説も読ませる。

「貨幣」(太宰治)は太宰らしい作品と言えようか。1枚の100円紙幣が自らの来歴を語る。男性名詞・女性名詞のある外国語では、貨幣は女性名詞であることから、太宰は紙幣に女言葉で語らせる。人から人の手に渡り、目まぐるしく流転する100円札。人間の汚い面をさんざん見た彼女がしかし、最後に目にするものは。
「裸の捕虜」(鄭承博)は在日朝鮮人一世の作家による、実体験をモチーフにした小説。本作では、戦中から既にあった闇市が描き出されている。社員たちを飢えさせないために闇食糧の買い出しを命じられる朝鮮人社員。何かあったら会社が助けてくれるはずだったが、いざ捕まると掌を返すような仕打ちを受ける。捕まった彼はどこに連れていかれるのか。
「桜の下にて」(平林たい子)の主人公は女学生。美しい校舎、明るい学生生活は戦争のために失われた。敗戦後、暮らしも厳しく、学友たちも1人、また1人と学校を去っていく。中には闇市で働くものもいた。自らは卒業まで学校を続けると決めた少女の心の揺れ。初出は、雑誌「少女の友」の姉妹誌である「新女苑」というのが頷ける(cf.『「少女の友」とその時代』。『田辺聖子 十八歳の日の記録』も思い出させる。
「浣腸とマリア」(野坂昭如)。「焼跡闇市派」を自称した野坂。混沌として猥雑で、どうしようもないどん詰まりに、かすかに日が差し込むような。だがその光も縋りつくにはあまりに細い。とはいえ、人はどん底でも生き続けていく。異様な凄みを感じさせる作品。
「訪問客」(織田作之助)。闇市そのものというより、闇物資を扱う人物が入れ代わり立ち代わり現れる。三人三様の身の処し方。人物造形の描き分けがおもしろい。
「蝶々」(中里恒子)。敗戦は世の中の秩序を一度壊したが、あるものにとってはそれは新しい世界への道を開くこととなった。長官夫人であった主人公は、敗戦ですっかり腑抜けのようになってしまった夫に代わり、家計を支えることになる。持ち前の社交的手腕を発揮して、闇市に焼き鳥の屋台を出したのだ。店は繁盛したが、どこか満ち足りないものも感じ始める彼女。さて、その行方は。

「闇」という名の通り、鬼が出るか蛇が出るかといった異界の雰囲気もあるのだが、一方で、そこは人々が生きていくエネルギーに満ちた場所でもあったろう。
「闇」の先には「光」が指すのか。「闇」は「光」を孕むのか。
余韻の残る作品集である。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1826 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

読んで楽しい:1票
参考になる:31票
共感した:3票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ