かもめ通信さん
レビュアー:
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源氏物語読書会がついに最終帖にたどりついたので、この機会にと積ん読山からこの本を取り出して読んでみた。
三月初めの嵯峨野は地の底まで冷えこんで木には花もなかった。桂子が嵐山の駅に着いたのは正午まえで、耕一と会う約束の時刻にはまだ間があった。渡月橋まで歩いて嵐山を仰いだが、花のまえの嵐山は見慣れぬ他人の顔をして桂子のまえに立ちふさがっていた。
こんな書き出しで始まる物語のタイトルは『夢の浮橋』。
源氏物語の最終帖「夢の浮橋」
藤原定家の詠んだ「春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるるよこ雲のそら」
さらには、谷崎潤一郎の小説「夢の浮橋」
このタイトルを見たら、頁をめくる前からいろいろ想像を巡らしてしまうのは仕方あるまい。
さて、その中身はというと……
東京の大学に通う桂子は、京都に茶会に出るという両親についてきて、大学時代の先輩で今は関西で働いている恋人耕一に会う。
結婚も考えている恋人と身も心もつながりたいと思っている桂子だが、耕一は口づけ以上のことはしてこない。
心の中であれやこれやと考えながら耕一と二人、京都を散策している最中に偶然見かけた母は、父ではない男性と一緒だった。
耕一は耕一で自分の母が見知らぬ男性と歩いているのを見かけたという。
それをきっかけに桂子は、自分と耕一の両親が、長年にわたってswappingを続けてきたことに気づくのだった。
恋人との関係
ジェイン・オースティンで書く卒論
大学紛争
夫婦交換遊戯……
この作品の雑誌連載が始まったのが1970年。
前年(1969年)には東大安田講堂事件があり、東大入試が中止になっている。
作中にも登場するアップダイクの小説『カップルズ』が翻訳されたのも1970年で、その影響で「スワッピング/swapping」という言葉が流行していたというから、まさに時代を反映させた作品ということなのだろう。
親世代の艶めかしい性描写にはさして抵抗はないが、倫理観についてはどうなのかと問いただしたくもなる。
そういうスキャンダラスな側面を持ちつつも、京都の情景、茶の湯の作法、オースティン談義、仲秋の無月…と、どの場面も丁寧で美しく、そこここにちりばめられ埋め込まれた仕掛けや秘密があるようにも思われて、場面場面を二度三度と読み返したくなる不思議な魅力がある。
たとえば、冒頭にも登場する嵐山の渡月橋。
ヒロインの目の前に掛かるこの橋と、彼女が夢の中で見た橋とのあざやかな対比と、渡ること渡らないことに含まれる意味が、改めて古今東西の文学というものについて考えはじめる糸口になる。
<これまでの倉橋由美子作品レビュー>
● 幻想絵画館
● 大人のための残酷童話
● 最後の祝宴
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本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
この書評へのコメント
- かもめ通信2025-02-25 05:27
『源氏物語』をみんなで読んでみよう!
https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no438/index.html?latest=20
いよいよ明日、最終帖に!
まだまだ「談義」は続きます。
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- 出版社:小学館
- ページ数:304
- ISBN:9784093523103
- 発売日:2017年08月08日
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