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すずはら なずな
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実在の人物や物事から引き出された物語。小川洋子さんの手にかかるとこのようになる。
普通の生活にひっそり紛れ込み、隠れているような、どこか歪んだ不思議な人やものごとが出て来る10の短編。そのひとつひとつの最後のページを一枚めくると、人物や物事の短い解説がある。

そんな実在の人や物事を元に再構築された物語だったのだ、と知ると、またその味わいが深くなる。作者がどんなものごとに惹かれ、そこからどんな枝葉を広げて 全く別の独自の物語を紡いだか、驚きと感嘆のタメイキが出てしまう。

知る人ぞ知る的な人物や有名な女優、学者も名を連ねるけれど、どの作品も 全然「伝記」の要素はない。彼らに「よく似た」主人公でもない。よくぞ見つけた、とそのユニークさに作者のアンテナの感度を感じてしまう。題名のような「不時着する流星」をひとり目撃し、異世界の何者かと交信できる人なのではないかと思ってしまうのだ。

ふとすれ違っただけの相手が心に持つ違和感や 本人さえ気が付いてさえいないような小さなささくれや、何でもなさげな落とし物の面白み、そんなものに対する繊細で確実なアンテナがこの人には確かにあると思うのだ。

今まで読んだどの作品にも目についたのは、例えば鞄の中身、箱や棚の品物の羅列。
どれも誰もがその中のいくつかは入れていそうで、でも全部並べて名前をあげられたら、だんだん違和感が増してくる。
まさか、そんなもの入れてる人、そうそうはいないんじゃないの?というものが 平然と紛れ込んでいたりする。そして、本当にあるの?と思うような、仕事や任務や場所が ごくごく当たり前のような体で語られる。SFでもファンタジーでもない、普通の日常の物語として、だ。
だからこの作品のモチーフになった人物や出来事が確かに存在するということが また印象深いのだ。

あまり細かに作品の内容を紹介するのはいつもどおり控えるつもりでも、端折れない。どの作品もそれぞれに愛おしい。(短めに紹介と感想を書いてみる努力はします。)


1作目は 小箱の中に秘密の物語を抱え持つ「姉」の話。

妄想、空想、ある種の病気も想像するけれど、実に素直にこの義姉の語る「物語」を愉しむ妹の存在が温かさを添える。ふと、ネットの中や心の中で物語を創作する人たちって、このお姉さんと同じなんじゃないかな、とも思う。道で拾った他の人にはガラクタに見えるものを大事に大事に物語に仕立てていく、そんなところが。

2作目

梱包の仕事に心を込めるおじさんも不思議なこだわりと蒐集を続けている。「散歩同盟会長」への手紙という形で綴られるこの物語も、普通と不思議のはざまで読者はふわふわと揺れているような感じ。散歩を愛したある作家がモチーフ。

3作目
街の中、オーケストラの人の中、スポーツ中継の選手たち中に潜む 自分の「秘密の仲間」を探す少女。空港で見かけた「かたつむりの賭けレース」。
モチーフは有名な作品もある女性作家だが カタツムリを偏愛したエピソードを後で調べて知って驚いた。

4作目

「手紙のばらまき調査」は実際に行われた実験だそうだけれど、乳児を預けて熱心にアルバイトをこなす女性の描写はやはり微妙に謎めいている。赤ちゃんを産み、母乳が良く出た人にとっては どんな場所でも搾乳が必要な状況は解るけれど、この作家さんの手にかかると そんな普通のはずの人間の身体の変化もどこかだたならぬ感じがする。街の様々な「隙間」に謎のメッセージを置いてくる。その場所を丁寧に確信を持って選んで。本当にあった現実的な意図のある実験だったとしても、やはりどこか密やかで謎めいた物語に仕上がっている。

5作目

グレン・グルードという人が有名なカナダのピアニストらしいが知らなかった。
調べるととても興味が湧く。でもこれはピアニストの物語とは違っていて、盲目の祖父と歩数であらゆる場所を測る孫の話。祖父は「元 塩田王」で広大な所有地に象の死骸を埋めた話をする。祖父は耳の中に「口笛虫」を住まわせているという。

6作目

他の作品に出て来る様々な状況や単語と同じく「お見送り幼児」や「死者に毛糸で編んだ靴を履かす」なんていう風習はあるのだろうか、作者の創作だろうか。
そんな不安定な感覚をもったまま、読者は読み進めるのだが まるでそんなことは周知の事実のように語りは続く。他人の葬列に参加して「お見送り」をするレンタル幼児なんていう存在自体がとても不思議だ。

ここでは物語の主役にはならないけれど、無名の写真家であり乳母のヴィヴィアン・マイヤーという興味深い人物が紹介されている。また別の物語も生まれそうな素材。



7作目

「肉詰めピーマンとマットレス」は 本書の中では清涼剤のようなお話。息子を持つ母親の読者にはぐっと来ると思う。

外国で一人暮らの息子のところに滞在する母。息子は事故で片耳を悪くしながらも、たくましく成長した様子。息子は母のために観光の手引書を作ってくれている。丁寧で親切。やさしさと思いやりが伝わる手引書だ。良い子に育ったなぁ、と読者も嬉しい。

そんな息子の好物のピーマンの肉詰めを母は沢山沢山作るのだけれど、作り終えた後、冷凍庫が無いことに気がつく。大事な手引書をうっかり失くしてしまったのは残念だったけれど、何より息子の住まいでオリンピックをTVで観ながら過ごした数日は宝石みたいな時間となったことと思うのだ。

これにはバルセロナ五輪・男子バレー米国代表の名が記されている。

8作目は「若草物語」

学芸会で演じた4人の仲間。主人公は脚本も書いたのに劇の役では末っ子エミイで 特徴も見せ場も無い。心の内では少し不満。けれど映画ではあのエリザベス・テイラーだったと知り、日々地味な「末っ子」を演じながら エリザベス・テイラーについて調べ、魅了されていく。
エリザベス・テイラーの数多い離婚結婚の相手を書き起こして暗記し、自分との共通点、足のサイズが同じことを知ると 足が大きくなるのを阻止する努力を始める。それこそ、「血のにじむ」この行為はエスカレートしていき、じわじわと恐ろしさを感じさせるまで。



9作目 「さあ、いい子だ、おいで」

これは特に怖い。動物(特に鳥)を大事にされている方にはかなり辛い読み物。

物語は主人公夫婦が文鳥を飼い始めるところから始まる。最初は可愛がり、ささいな仕草や特徴を競って見つけ合って、さえずりに耳を澄ませ 喜び合う。そんなささやかな幸福の風景も徐々に変化し、早朝のさえずりを煩く感じ、カバーをかぶせだす。
そこまではまあ普通なのかも知れない、けれど、不幸にも文鳥の爪が折れてしまったことから文鳥と彼等に変化が起こる。誰かに相談するとか病院に連れていくことも無く ただ愛されなくなった文鳥は痛々しく弱っていくのだ。その描写に容赦はない。

ペットショップの店員の青年に「あんな風に育った息子がいたら」と思う 主人公の執着や他人の空のベビーカーを持ち出してしまうラストなど 空虚な心に忍び込む闇を感じさせ、読み終えた後、すぐは嫌な感じで胸が苦しくなる。

それでも作者の筆致はあくまでも淡々としている。小川洋子さんの作品群に出会うと、こんな歪んだこだわりや 小さな生き物相手でさえ飽きたり冷めたりすることさえ「普通の人間」で、「特殊なひと」なんかではなく、病んでいる、歪んでいる、そんな人はいくらでも傍にいて、自分は絶対にそうでないと言い切れる人なんて、自分はそんな心の闇とは関係ないと言い切れる人なんて、そっちの方が「普通じゃない」と、そんな風にも思えてくるのだ。


10作目「十三人きょうだい」

仲良しの叔父と少女の微笑ましい日常を描いているようで、不思議さを漂わせて終わる話。
13人兄弟の末っ子の叔父さんを少女は「サー叔父さん」と呼ぶ。その呼び名は二人だけの秘密だ。
蜘蛛の巣から「宇宙のメッセージを解読する」という叔父さんは 子供相手に面白いことを話してくれているだけだったのだろうか。お盆に祖母が茄子の牛の代わりに供えるキャラメルのおまけの小さな小さな三輪車。それに叔父さんが乗って去っていくラストは何故?何が起こっているのか解らずページを戻した。
そんなちょっと不思議なラストにはどんなメッセージが含まれていたのだろうか。もやっとしたままだけれど、今回は特に「解読」せずに 主人公と同じ目線で見送ってみた。


ネタバレを含み 短編集の作品全部の紹介をするのは初めてだと思う。だけど、どれを省くこともできなかった 大事にしたい一冊。
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すずはら なずな
すずはら なずな さん本が好き!1級(書評数:440 件)

電車通勤になって 少しずつでも一日のうちに本を読む時間ができました。これからも マイペースで感想を書いていこうと思います。

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この書評へのコメント

  1. 吉田あや2020-05-29 16:48

    こんにちは(*^-^*)この本を積んでいたのですが、すずはらさんのレビューでヴィヴィアン・マイヤーが登場すると初めて知ってすごく嬉しいです!彼女の写真が大好きなので、この本を読むのが更に楽しみになりました。素敵なレビューありがとうございました✨

  2. すずはら なずな2020-05-29 17:53

    >吉田あやさん
    コメント有難うございます!積読はもったいない、ぜひ読んで下さいね。いつもの小川ワールドですが期待を裏切らず、でも決して飽きさせない世界です。
    マイヤーをご存知だったのですね。どのように作品に登場するかお楽しみに(笑)

  3. No Image

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