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ぽんきち
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「真理がわれらを自由にする」
本書には、主人公が2人いる。
それだけなら珍しくはないが、本書が少し変わっているのは、一方が人ではなく、動物ですらなく、建物=「図書館」であることだ。
その図書館は、上野の森に建つ。旧帝国図書館、現国立国会図書館国際子ども図書館である。
ときは明治、近代国家になるには「ビブリオテーキ」が必要だと福沢諭吉が主張した。ビブリオテーキ、すなわち文庫。今でいう図書館である。多くの本を収蔵し、誰でもそれを読むことができる、そんな施設だ。博物館に併設された書籍(しょじゃく)館が湯島に開設されたのは、明治5年のことだった。
いくどか名称を変え、いくどか管轄が変わりつつ、日本初の公立図書館は何とか命をつなぎ、明治18年、上野に移転し上野図書館と呼ばれるようになる。正式に帝国図書館となったのは明治30年のことだった。
乏しい財源で、増える蔵書を抱えながら、図書館は明治・大正、そして2つの大戦を駆け抜ける。その途上、図書館は利用者や管理者、さまざまな人々を見てきたはずである。
もし図書館に心があったなら何を思っていただろうか、という「if」が、本書の柱の1つである。

もう1人の主人公は「きわこ」さん。喜ぶに平和の和の子と書く。
著者を思わせる作家の「わたし」は、取材先の上野で、ふとしたことから喜和子さんと知り合う。
天真爛漫で少女のような喜和子さんは、上野の図書館のことを書いてほしいと「わたし」に頼む。図書館の歴史を綴るだけでもなく、図書館を舞台にした小説でもなく、図書館が主人公の物語を。本当は自分が書こうと思ったのだが、うまく書ける自信がないのだという。
喜和子さんは題も決めていた。『夢見る帝国図書館』と。

喜和子さんにはどこか謎めいたところがあった。
もともと、どこで生まれ育った人なのか。
幼いころ、彼女に何が起きたのか。
なぜ今、上野で暮らしているのか。
「わたし」は喜和子さんの過去のことも徐々に知るようになる。

1つの図書館と1人の女性の物語が、代わる代わる語られる。
淡島寒月と幸田露伴、一葉・樋口夏子、谷崎と芥川と「ミスラ氏」と菊池寛、宮沢賢治、吉屋信子、宮本百合子。図書館が見たであろう、文豪たちのちょっとしたエピソードが楽しい。
存続に尽力した永井久一郎(荷風の父)、田中稲城、松本喜一。公立図書館の歴史は予算獲得の苦難の歴史でもあった。
二度の大戦を経た図書館は、戦時の流言飛語の恐ろしさも、隣接する動物園で起きた悲劇も、外地から略奪されてきた書物も、そして自らの蔵書の疎開も見てきた。そして戦後、憲法の草案作りに必要な図書を貸し出したのもまたこの図書館だった。

喜和子さんの過去には、戦争が大きな影を落としていた。
戦後の上野で、喜和子さんは子供時代のある時期を過ごす。喜和子さん自身も細部まではよく覚えていないその時代のことが、本書の1つの要となる。
喜和子さんと一緒に暮らしたという、謎の「お兄さんたち」はどのような人物だったのか。その頃の上野はどんな風だったのか。
ある部分は明らかになり、ある部分は明らかにはならない。
記憶からは薄れ、記録からは零れ落ちる庶民の歴史を、完全に再構成することは困難だ。だが、その陰で、確かに、懸命に生きた人たちがいた。

物語の途上で、喜和子さんは世を去る。
「わたし」は、喜和子さんが書きかけていた図書館の物語の草稿を手に入れる。
喜和子さんはなぜ、図書館の物語を書きたかったのか。
そのことの答えが朧に見えてくる。
意に染まぬ人生を歩まざるを得なかった彼女が、自分とは何者かに向き合うために、おそらくは自分が最も自分らしくいられたその時代を生きなおすことが必要だったのだ。
どこか一葉風のややたどたどしい喜和子さんの草稿が胸に迫る。

上野の図書館は、戦後、国立図書館としての役割を国立国会図書館に譲り、現在は子ども図書館として利用されている。

現国立国会図書館東京会館のホールには、1つの文言が掲げられているという。
「真理がわれらを自由にする」

戦後の上野で、「迷子」になった女の子は、最後に自由を手に入れただろうか。
そうしてきらりと笑っただろうか。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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この書評へのコメント

  1. ぱせり2019-11-09 05:19

    >そうしてきらりと笑っただろうか。
    うんうん、きっと。目に浮かぶようです(^-^)

  2. ぽんきち2019-11-09 08:34

    ぱせりさん

    ありがとうございます(^^)。
    「祝祭」のシーンもよかったですね。

  3. No Image

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