生前は人気も知名度も抜群であったが、明治以降、一時期、忘れられたに近い存在となった。本格的な学術研究の嚆矢は1920年代、秋山光夫らによるものである。その後、1960年代に辻惟雄・小林忠らにより、研究が飛躍的に拡大する。若冲作品に注目し、多くの作品を入手していたアメリカ人蒐集家、ジョー・プライスの存在も大きかった。
著者は、秋山、辻・小林に続く、若冲研究の第三世代にあたるという。
本書は現時点での若冲研究の集大成的な位置づけである。著者の研究を中心に、他の研究者らの研究も含め、比較的新しい成果も取り入れて、若冲の「全体像」に迫っている。
評伝であるので、挿図は最小限で、口絵以外は白黒だが、このあたりは展覧会図録や参考文献の図版を参照すべし、というところだろう。
後の若冲研究につながる里程標となりうる書籍なのだろうが、一般読者として読んでも、美術史研究がどういうものかが垣間見られてなかなかおもしろい。
若冲の人物像についてはそれほど多くが知られているわけではないが、親交があった禅僧、大典が書き残した中に以下のようなものがある。
「丹青に沈潜すること三十年一日の如きなり」
絵画への没頭ぶりは尋常ではなかったのだろう。
若冲が数多く描いた鶏は、中国では「文・武・勇・仁・信」の五徳を持つとされていたという。大典、ひいては若冲自身の知見に入っていたかどうかは定かでないようだが、禅僧にとっては鶏はある種、特別の画材であったわけだ。そう思うと、また鶏の絵を見る目も変わりそうである。
代表作の1つである「動植綵絵」の背後に父の死があり、涅槃図を野菜や果物に置き換えて描いたユニークな「果蔬涅槃図」には、あるいは母の死を悼む思いがあったのではないかという解釈も興味深い。
若冲の実年齢と絵に記載した年齢の違いに関する考察も、諸説並べて提示されなるほどと面白く読んだ。
若冲は「千載具眼の徒を竢(ま)つ」(自分の画の価値がわかるものを千年待つ)と言っていたという。若冲人気は高いものの、若冲のものでない画(工房の作、弟子の絵、贋作)を愛でていたり、若冲以外の日本美術にまったく関心を持たなかったりする人も多いと著者は苦言を述べる。
近代の激動の中で、若冲が一時は忘れ去られたように、美術史観は大きく偏ってしまったのかもしれず、まだまだ知るべきことは多いのかもしれない。
さて「千年具眼の徒」を、若冲はいまだ、泉下で待っているのだろうか。
・『伊藤若冲大全』
・『若冲百図: 生誕三百年記念』
分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
この書評へのコメント
- 入鉄炮出女2019-07-15 13:23
はじめまして。
日本の若冲人気すごいですよね〜
数十年前とかこれほど人気はなくて、結構ひっそり個人所蔵とかお寺の普通に見えるところにあったりしたものですが。。。
写真では限界があってわかりにくいんですが、実際にみるとどうやってこんな色を?というようなところも結構あるんですよね。いまだに解明されていなかったりするそうです。私は『乗興舟』をどうやって刷ったのか、刷り師さんの技術が気になります。ただきっと美術館ではもうゆっくり鑑賞とかできないんでしょうね。
お隣で飼っている鶏のお世話をさせてもらってスケッチをよくするんですが、鶏っていろいろなテクスチャーがあって単純にモチーフとして面白いです。木鶏子夜に鳴く、ですがうちのお隣の鶏たちは日中しか鳴かず、夕方すぎると自分でさっさと小屋に入って努力はしていないですね〜(苦笑)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2019-07-15 14:00
入鉄炮出女さん
はじめまして。コメントありがとうございます。
素人書評で恐縮です(^^;)。
若冲人気、2000年の京都での展覧会からでしょうかね。ブームって予測不能に広がることがありますが、若冲の場合は何だかすさまじかったですね。
もしかしたら今でも京都のお寺や古くからの家やなんかにはひっそり残っている作品もあったりするのかもしれないですが、どうかな・・・?
「乗興舟」、ネガポジ反転みたいな作品ですよね。何だか不思議に静かな感じがします。
確かに刷り師さんの技巧もすごいものだったんでしょうね
鶏というと、つい白色レグホンを思い浮かべてしまいますが、若冲が描いていたのにはカラフルなものも多いですし、いろんな品種がいるのでしょうね。
私はあんまり鶏に徳があるようには感じないのですがw、禅僧たちはどのあたりに魅かれていたのかな??クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:河出書房新社
- ページ数:298
- ISBN:9784309256177
- 発売日:2019年02月15日
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。