ソネアキラさん
レビュアー:
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「奇妙なもの、不吉なもの」―狂気は凶器になる

『七つのからっぽな家』サマンタ・シュウェブリン著   見田悠子訳を読む。
「家」は、ゴシック小説からホラー小説に至るまで重要なテーマの一つになっている。ホーンテッド・ハウス、お化け屋敷、怖い家など。
作者はアルゼンチンの作家なので、昨今流行のスパニッシュ・ホラーか、往年のマジック・リアリズムか、と思って読んだら…。さてはて。
訳者解説から、創作に関する著者の言葉、引用の引用。
「私は奇妙なもの、不吉なものに興味を持ち続けています。日々出会う日常の、私たちを取り巻く奇妙なもの。私たちはいつも、なにが良くてなにが悪いか、なにが善でなにが悪か、なにが私たちの世界に属していてなにが属していないかを判断して、現実の世界を切り取り、広大な世界を外側に残しています。そしてしかし、その世界を生き続けている、その(外側に残されたものも含む)世界が、私が語りたいと思う世界なのです」(アルゼンチン国営放送:2015、Otra.TV Publica Argentina)
通常のホラーなら、怖さをチラ見せしながら話が進む。読者は、じらされながらも、期待しつつページをめくる。最後にネタバレやどんでん返しなどで腑に落ちたり、落ちなかったりする。
7つの短篇とも、いきなり、佳境に入る。日常の中の「狂気」。それは何かに取り憑かれたものなのか、心の病からくるものなのか。「イヤミス」と括れないこともない。シャーリイ・ジャクスンあたりの作風につながる人間のいやらしい内面性をさらす。読み終えた後に残るザラツキ感。いっそのこと、不条理ギャグと解釈するのは誤読だろうか。デヴィッド・リンチやアリ・アスターの映画っぽくね。と思いつつ読んだ。
何篇か短く紹介。
『そんなんじゃない』
自宅そばのお屋敷街でクルマがぬかるみにはまって立往生。ようやく抜け出ることができたが、家の庭の芝生が台無しに。母親は気分が悪くなってその家の人に救急車を呼んでもらう。ちゃっかり上がり込んだ母は、その家の立派なインテリアなどを勝手に品定めする。ご丁寧に寝室のベッドメイクまで。挙句の果てに古びたシュガーポットを盗む。帰宅してまもなくその家の女性がやって来る。後をつけたと。母親の形見のシュガーポットを返してと懇願する。庭先にそれを埋めようとしている母。
『ぼくの両親とぼくの子どもたち』
なぜか息子の前妻から再婚した家に招かれた両親。「全裸で裏庭を走り回っている」。会わせた子どもたち(孫たち)も全裸になって。怒りまくる前妻。呼んだのは、あなたなのに。
『 いつもこの家で起こる』
お隣のワイマー老夫人は、庭に亡くなった息子の服を投げ捨てるのが日課のようになっていた。逆恨み?思い当たる節がない。服を回収しに来る老夫。
『空洞の呼吸』
認知症になった老妻ロラの内面を捉えたシュールな作品。死ぬためのメモから買い物メモまで一事が万事、おかしな行動。死ぬ間際の描写が凄まじい。
『不運な男』
8歳の誕生日の日、妹が洗剤を誤飲した。猛スピードで病院へ向かう車の中でパンツを脱げと両親に言われる。ノーパンのまま一人で待合室にいると、若い男が声をかけてきた。今日が誕生日であることとノーパンであることを話す。男は彼女に黒いパンツをプレゼントする。いつもは白いパンツ。それを知った両親は激怒。男はヘンタイ扱いされる。どの口が言う。
訳者解説で紹介されていた長篇『ケンツキの季節』がなんだか面白そう。
現段階では日本語版が出ていない。
「家」は、ゴシック小説からホラー小説に至るまで重要なテーマの一つになっている。ホーンテッド・ハウス、お化け屋敷、怖い家など。
作者はアルゼンチンの作家なので、昨今流行のスパニッシュ・ホラーか、往年のマジック・リアリズムか、と思って読んだら…。さてはて。
訳者解説から、創作に関する著者の言葉、引用の引用。
「私は奇妙なもの、不吉なものに興味を持ち続けています。日々出会う日常の、私たちを取り巻く奇妙なもの。私たちはいつも、なにが良くてなにが悪いか、なにが善でなにが悪か、なにが私たちの世界に属していてなにが属していないかを判断して、現実の世界を切り取り、広大な世界を外側に残しています。そしてしかし、その世界を生き続けている、その(外側に残されたものも含む)世界が、私が語りたいと思う世界なのです」(アルゼンチン国営放送:2015、Otra.TV Publica Argentina)
通常のホラーなら、怖さをチラ見せしながら話が進む。読者は、じらされながらも、期待しつつページをめくる。最後にネタバレやどんでん返しなどで腑に落ちたり、落ちなかったりする。
7つの短篇とも、いきなり、佳境に入る。日常の中の「狂気」。それは何かに取り憑かれたものなのか、心の病からくるものなのか。「イヤミス」と括れないこともない。シャーリイ・ジャクスンあたりの作風につながる人間のいやらしい内面性をさらす。読み終えた後に残るザラツキ感。いっそのこと、不条理ギャグと解釈するのは誤読だろうか。デヴィッド・リンチやアリ・アスターの映画っぽくね。と思いつつ読んだ。
何篇か短く紹介。
『そんなんじゃない』
自宅そばのお屋敷街でクルマがぬかるみにはまって立往生。ようやく抜け出ることができたが、家の庭の芝生が台無しに。母親は気分が悪くなってその家の人に救急車を呼んでもらう。ちゃっかり上がり込んだ母は、その家の立派なインテリアなどを勝手に品定めする。ご丁寧に寝室のベッドメイクまで。挙句の果てに古びたシュガーポットを盗む。帰宅してまもなくその家の女性がやって来る。後をつけたと。母親の形見のシュガーポットを返してと懇願する。庭先にそれを埋めようとしている母。
『ぼくの両親とぼくの子どもたち』
なぜか息子の前妻から再婚した家に招かれた両親。「全裸で裏庭を走り回っている」。会わせた子どもたち(孫たち)も全裸になって。怒りまくる前妻。呼んだのは、あなたなのに。
『 いつもこの家で起こる』
お隣のワイマー老夫人は、庭に亡くなった息子の服を投げ捨てるのが日課のようになっていた。逆恨み?思い当たる節がない。服を回収しに来る老夫。
『空洞の呼吸』
認知症になった老妻ロラの内面を捉えたシュールな作品。死ぬためのメモから買い物メモまで一事が万事、おかしな行動。死ぬ間際の描写が凄まじい。
『不運な男』
8歳の誕生日の日、妹が洗剤を誤飲した。猛スピードで病院へ向かう車の中でパンツを脱げと両親に言われる。ノーパンのまま一人で待合室にいると、若い男が声をかけてきた。今日が誕生日であることとノーパンであることを話す。男は彼女に黒いパンツをプレゼントする。いつもは白いパンツ。それを知った両親は激怒。男はヘンタイ扱いされる。どの口が言う。
訳者解説で紹介されていた長篇『ケンツキの季節』がなんだか面白そう。
現段階では日本語版が出ていない。
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女子柔道選手ではありません。開店休業状態のフリーランスコピーライター。暴飲、暴食、暴読の非暴力主義者。東京ヤクルトスワローズファン。こちらでもささやかに囁いています。
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詩や小説らしきものはこちら。
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- 出版社:河出書房新社
- ページ数:182
- ISBN:9784309207704
- 発売日:2019年05月28日
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