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darklyさん
darkly
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若くしてこれほどまで達観するとは。
本書は「数学する身体」で有名な数学者森田真生さんの哲学的エッセイです。彼は大学時代数学者の岡潔の思想に傾倒し単なる数学者の枠に留まらず、講演を行うなど思想家としても活動しています。

本書においても数式など直接数学に関する話題はなく、彼の日常の中で感じたり考えたりしたことが述べられるのですが、さすがに頭がいい人が考えることなので結構理解するのに骨が折れます。その中でも私なりに共感したり、なるほどと思うことを何点か紹介したいと思います。

【君が動くたび】
森田さんはフランシスコ・ヴァレラの言葉を引用する。原子を実在することを疑う科学者はいない。原子の実在性を支えているのは科学という背景があるからで、科学を全く知らない人に顕微鏡で原子を覗かせても原子が何かは分からない。つまり科学を背景とする我々生きる主体があってこその実在性であり、無機質な観念的時空は意味がない。「世界」は生きる主体から切り離された所与ではなく、生きる行為と共に「上演」されるものである。

森田さんは丁度このエッセイを書いているとき、彼の生まれたばかりの息子が二度の手術と一か月の入院を経てやっと退院となりました。息子がこれから経験する限りない「世界」に思いを馳せ、息子への限りない愛を感じる素晴らしいエッセイです。

【意味】
よくある数学が苦手な人の言い分に意味が分からないというのがある。分数の割り算の意味が分からないというところから始まって虚数などというものに至っては全くイメージできない。確かに数学は当初は物を数えたりするためのものであったが、いつしか記号世界の秩序に従って自律的に展開していく。それは現実世界の意味とはもはや関係がない。森田さんは言う、
大人になると、意味の世界は安定していく。いままで知らなかった新たな意味に遭遇することは稀になる。数学はこの退屈さを突き破る。新たな記号と記号運用の規則を導入すれば、人はそれまで経験したことのない意味不明な行為に耽ることができる。
しかし、以前書評でも書いたことがありますが、自律的に展開し現実世界の意味とは無関係に極めて複雑に発展した数式が私たちが住んでいるこの世界を記述することがあるという途轍もない謎に思いを馳せてしまいます。

【変身】
森田さんは言う、
文字は話すことができるのと同じ内容をただ記録するためのメディアではないのだ。文字は文字によってしか不可能な思考の世界を立ち上げる。文字によって人はそれまでと違った人間になる。現代の社会は、読み書きの能力によって生まれ変わった人間を前提として設計されている。社会そのものが文字によって変わってしまったのである。
そして今その読み書きの能力はコンピューターによって劇的に変化し人間を根本的に変容させる可能性があることをアラン・ケイの言葉を引用して説明しています。

コンピューターは新しい時代の鉛筆や紙や本のようになるべきであり、「メタメディア」、すなわちあらゆるメディアを作ることを可能とするメディアである。文字が発明されたときのように人間が生まれ変わる未来を夢見る中、現実にはSNSの投稿に一喜一憂し、ただ便利サービスを受容している様を見て「コンピューターが洗練されたテレビになった」とアラン・ケイは嘆いたと。

正にその通りだと思います。私はコンピューター大好きですが、コンピューターを使えば、プログラミングを始めとして、絵やCGなど描くこと、音楽も作れ、語学もできる、もちろん仕事やゲームやその他の趣味にも、またもしコンピューターとネットがなければ書評など書くことは絶対になかったと思います。子供たちが毎日相当の時間をスマホを見ながらただフリックしている様を見るとせっかくの人生そんなことに使うなよと思いながらも口に出せない情けない父親です。

前述のとおり本書は決して読みやすくはありません。しかし行きつ戻りつ時間をかけて、できれば夜静かな部屋でじっくりと読めば必ず感銘を受ける部分があると思います。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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