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かもめ通信
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新潮文庫:堀口大學訳、ハヤカワ・ミステリ文庫平岡敦訳、創元推理文庫石川湧訳、あの名シーンの読み比べ!
まずはアルセーヌ・ルパンが初めて世に出た作品の冒頭から。

 風変わりな旅行だった!折角あんなに具合よく始まったのに!僕はまだこれほど幸先の良い見通しの旅行は一度もしたことがなかった。汽船プロバンス号は快速快適な大西洋横断の定期船だし、船長は世にも愛想の良い人物だった。船客はすべて粒よりの人達ばかり。友誼が結ばれ娯楽が計画された。僕達は平常な世界から分離して、未知の孤島に自分達だけ取残された結果、止むなく親密にならざるを得ないのだという、楽しい気分にひたり切れた。
(新潮文庫:堀口大學訳『強盗紳士/アルセーヌ・ルパンの逮捕』より)

 思えばおかしな旅だった!出だしはまさに上々!あんなに幸先のいい旅は、ぼくにも初めてのことだった。プロヴァンス号は大西洋航路を行く快適な定期客船で、船長は愛想のいい好人物だ。船には選りすぐりの上流人士たちが集っていた。すぐにお互い顔見知りになり、娯楽もあれこれ催された。外界から隔絶された名も知れぬ孤島で、自分たちだけの世界にこもっているような心地よさから、乗客どうし自然と垣根をとりはずした。
(ハヤカワ・ミステリ文庫:平岡敦訳『怪盗紳士ルパン/アルセーヌ・ルパンの逮捕』より)

 奇妙な旅行だ!最初はとても調子がよかったのに!ぼくとしては、こんなに幸先のよい旅行は一度もなかったのだ。プロヴァンス号は大西洋航路の快適な快速船で、船長はこの上なく愛想のよい人間だ。乗客も申し分のない上品な人たちだった。乗客たちは知合いになり、いろいろな娯楽がもようされた。ぼくらは世間を離れ、まるで未知の島に孤立して、たがいに親しみあわざるを得ないような、いい気分になっていた。
(創元推理文庫:石川湧訳『怪盗紳士リュパン/アルセーヌ・リュパンの逮捕』より)


続いて較べてみるのは、獄中のルパンにガニマールが会いに来るシーンから。
年齢差を含めたルパンとガニマールの関係などを考えても……
これはちょっと、いろんな意味で興味深いですよ。

まずは新潮:堀口訳
「やあ!これは珍客だ。親愛なガニマールがここへ訪ねて来てくれたとは!」
「暫くでした」
「自分で選んだこの隠退生活にあって、いろんなことが望ましかったが……その最大のものが、ここでするあんたとの再会だった」
「恐れ入ります」
「お世辞ではない、本気です、わしがそれほどあんたを買っているというわけだ」
「わしもそれが自慢です」
「最初からわしはあんたこそフランスきっての探偵だと言明している。シャーロック・ホームズに較べてもひけをとらないくらいだとまで言っている、--わしのあけすけなところを認めてもらいたいな。ただ残念なのは、この脚立しかおすすめ出来ないことだ。冷たいもの一口,ビール一杯差上げられないことだ!堪忍してくださいよ、ここはほんの仮住居だというわけで」
 ガニマールがにっこりしながら腰を下ろした、するとルパンがまた嬉しそうに喋り出した。

続いて早川:平岡訳
「これはまた、驚いたな。ガニマールさんがいらっしゃるとは!」
「ああ、わたしだ」
「自分から引っ込んできたとはいえ、ここにいると欲しいもの,やりたいことがたくさんあって……でもあなたをお迎えするくらい、切望したことはありません」
「お世辞はいらんよ」
「とんでもない、あなたのことは尊敬していますから」
「光栄だね」
「ガニマールはフランスきっての名刑事だっていうのが、かねてからの持論なんです。ほとんどシャーロック・ホームズにも匹敵するくらいだ。いや、ほとんどだなんて、つい率直に言いすぎましたかね。それにしても、こんなちゃちな椅子しかおすすめできなくて、申しわけありません。冷たい飲み物一杯、ビール一杯ないんですから。すみません,仮住まいなもので」
 ガニマールは笑って腰をおろした。囚人のほうは話をできるのが嬉しいらしく、こう続けた。

最後に創元:石川訳
「やあ!これはおどろいた。ガニマールさんがこんなところへ!」
「そうだよ」
「この隠居所にはいってたいくつしてはいたものの……まさか、あなたにお目にかかろうとは思いませんでしたよ」
「ありがとう」
「いやいや、ぼくはあなたに対する深い敬意を表しているんです」
「光栄だよ」
「ぼくはいつもこういってたんですよ --ガニマールは、わが国第一の名探偵だって。ほとんど--ぼくは正直でしょう--ほとんどシャーロック・ホームズに匹敵しますね。しかし、実のところ,この腰掛以外には、何もおすすめできないのが残念です、のみものもない!一杯のビールもない!恐縮ですが、なにしろ仮住居なので」
ガニマールは、にこにこしながら腰をおろした。囚人は、いそいそと話をつづけた。


最後は、ネタバレをさけるため、あえてどの短篇のどんなシーンかは紹介しないでおきましょう。
わかる人にはわかるロマンチックなシーンです。
新潮:堀口訳
 彼も彼女と真向きに立ちつくした。すると次第に、流れの鈍くなった時間の中で、彼は自分が今この瞬間、両腕一ぱいに骨董品を抱え、全部のポケットをふくらませ、破れるほどつめ込んだ袋まで肩から吊した姿の自分が相手に与えている印象に気づいた。激しい狼狽が彼をおそった、現行犯を捕えられた泥棒の情けない格好で彼はこんな所にいる自分が恥ずかしくなった。今後彼女にとって、彼がどんな立派な人間になったとしても、彼は永久に泥棒だった、他人のポケットに手を入れたり、ドアをこじ開けて忍び込んだりする、泥棒だった。

早川:平岡訳
 ルパンのほうは、彼女の前に立ったままだった。長い一秒一秒がすぎてゆくにつれ、彼は今自分がどんなかっこうをしているのか、少しずつ意識し始めた。両手に装飾品を抱え、ポケットを膨らませ、布袋ははちきれんばかりにつまっている。急に恥ずかしくてたまらなくなり、顔を真っ赤にさせた。現行犯で捕まった泥棒の、なさけない姿そのままだ。彼女にとっては、今後どんなことがあろうとも、おれはずっと泥棒なんだ。他人のポケットにそっと手を入れ、ドアをこじあけてこそこそと逃げ出す男なんだ。

創元:石川訳
 彼は女のまえに立っていた。そしてしだいに、腕に骨董品をかかえ、ポケットをふくらませ、はちきれんばかりに袋につめこんでいる自分の姿が、どんな印象をあたえるかを意識した。大狼狽が彼の心をとらえ、現行犯を見つけられた盗賊のこのあさましい格好でいることを思って、顔を赤らめた。今後、どうなったにせよ、彼女にとっては泥棒--他人のポケットに手を入れる人間、戸をこじあけて忍びこむ人間なのだ。


今回読み比べはしていませんが、皆さんお馴染みのポプラ社版、南洋一郎氏によるリライト版の場合は『怪盗紳士』に「逮捕」「獄中」「脱獄」「旅行者」「ぼくの少年時代(女王の首飾り)」を収録、残りの「ルパンの大失敗(アンベール夫人の金庫)」「黒真珠」「ハートの7」「おそかりしホームズ」は『ルパンの大失敗』という巻に収録されていて、いずれも南版の他の作品によく見られるような大幅な改変はなさそうです。もっとも作品によっては、タイトルの改変で盛大にネタバレしているような気がしないでもないけれど……ね。

<関連レビュー>
『怪盗紳士ルパン』ハヤカワ・ミステリ文庫/平岡敦訳
『怪盗紳士リュパン』創元推理文庫/石川湧訳 ※東京創元社文庫創刊60周年記念
『奇巌城 アルセーヌ・ルパン』青空文庫/菊池寛訳
『水晶の栓』ハヤカワ・ミステリ文庫/平岡敦訳
『八点鐘 (アルセーヌ・ルパン全集 (14))』偕成社/長島良三訳
『八つの犯罪―怪盗ルパン』ポプラ社/南洋一郎
『八点鐘―ルパン傑作集〈8〉』新潮文庫/堀口大學訳 ※翻訳読み比べ
『ルパン、最後の恋』ハヤカワ・ポケット・ミステリ/平岡敦訳
『特捜班ヴィクトール』創元推理文庫/井上勇訳
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かもめ通信
かもめ通信 さん本が好き!免許皆伝(書評数:2234 件)

本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2019-05-15 05:33

    実を言うとこっちが本命↓
    「怪盗紳士リュパン」https://www.honzuki.jp/book/83693/review/226882/

    【公式】東京創元社文庫創刊60周年祝企画 くらりからの挑戦状
    https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no354/index.html?latest=20
    に参加すべく書き下ろしたレビューですw

  2. 三太郎2019-05-15 12:29

    とりあえず平岡訳に1票投票します。

    翻訳調でなくて(日本語的で)自然な感じ。

  3. かもめ通信2019-05-15 17:27

    なんといっても平岡訳は「平成生まれ」,一番新しいですからね。
    でも新潮の堀口訳のさすが詩人!という艶っぽさや,
    東京創元社の石川訳の品のよさも捨てがたいのですw

  4. No Image

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