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ぱせりさん
ぱせり
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世紀の魔術師、大ザバティーニが舞台を浚う。
世紀の魔術師、大ザバティーニが舞台を浚う。

物語は、二つの場所から、同時に(交互に)スタートする。
一つは、20世前半のプラハ。貧しいユダヤ教のラビの息子、父から聖職に就くことを望まれていた少年モシェが、魔術師を探して家を出る。彼は、魔術師になりたかった。
もう一つは、21世紀初頭のロサンジェルス。裕福なユダヤ人家庭の息子マックスがやはり、魔術師を探して家を出る。離婚調停中の両親を再び結びつけるために、愛の魔法をかけてくれる魔術師に探しに行く。
別の時代、別の場所で、魔術師を探して家を出た二人の少年は、遅かれ早かれ、望み通りに求める人に出会う。のだが……

「ここに存在していることが、生きていることが、それだけでもう、ひとつの祈りなんだ」
これは、ラビの言葉である。家を出たきり二度と再び生家に戻らなかった少年は、数奇な運命をたどり、唾棄すべき生き方もしてきたが、父のこの言葉を生涯忘れなかった。
そして、読者のわたしも、この本を読んでいる間、何度も思い出した言葉だった。

魔術師になった男は思う。
「舞台奇術とは物語を語る一形式にほかならない」「どのトリックも、ひとつのドラマだった」
魔術師の魔術は、トリックとはったりの集大成、とこの本を読みながら思う。
それは、先に出てきたラビの言葉(祈り)とまったく逆の方向を向くような「物語」ではないか、と。
だけど、トリックとはったりの魔術が、確かに奇跡を起こすこともあるのかもしれない。
それは、どういうことか……

決して甘やかで夢々しいおとぎ話ではない。
なぜなら、家を出たモシェの青春時代は、ナチスの支配するドイツにあった。
表だっては、そこまで残酷な場面が出てくるわけではない。
文章は、軽快で、ユーモアもある。
でも、心底恐ろしいものは、むしろ、軽快さのなかにあるのかもしれない。
「灰の水曜日」の場面だ。
ユダヤ教のシナゴーグに、火が放たれる。燃え落ちるのを、多くのベルリン市民が遠巻きにして眺めている。
一人の母親が幼女を抱きあげて、「童話を語って聞かせているかのよう」な調子で言う。「ユダヤ人にさよならを言いなさい」
一滴の血もない、激しい言葉も悲鳴もない。あるのは、幼児に童話を語るような母親の言葉。それが、なんとも恐ろしかった。

さて。
世紀をまたいで、一つのトリックが仕掛けられる。トリックが、本物の奇跡になる。ほんものの魔法になる。
知っているのは魔術師と、魔術をかけられた者だけ。
トリックとはったり。これを奇跡に変える、声なき呪文があるとしたら、ある少年について語られる、こんな言葉ではないだろうか。
「日常生活よりもより真実に近いなにかを信じたいという願望」
ここに祈りがあるのかもしれない。
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ぱせり
ぱせり さん本が好き!免許皆伝(書評数:1743 件)

いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。

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この書評へのコメント

  1. 星落秋風五丈原2019-11-01 21:20

    こんばんは。一行目はあえてタイトル行を繰り返したのですか?

  2. ぱせり2019-11-02 04:22

    あえて、といいますか、タイトル付け、苦手なんです(^^;

  3. 星落秋風五丈原2019-11-02 17:03

    いや、強調したかったのかな?と思って聞いてみました。

  4. ぱせり2019-11-02 17:13

    (^o^)/

  5. ef2019-11-03 13:19

    これ、面白そうですね~。
    ちょっと探してくる…… あったーー!
    でも4人待ち。
    まあ、マシな方だな。

  6. ぱせり2019-11-03 14:27

    efさん、うふふ、78人にくらべたら、ですね(^-^)
    わたしも、ぽんきちさんの書評にひかれて読んだのですー。
    efさんの書評、たのしみに待っています(^o^)/

  7. ef2019-11-03 15:27

    ありがと~。
    今の図書館は2週間借りられるので、2×4で1ヶ月かぁ。
    年末には読めるかな?

  8. No Image

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