ぽんきちさん
レビュアー:
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文体の確立、思想の紹介。明治・大正の文人たちの苦闘の跡。
昭和34年発行といささか古い本である。
青空文庫で翻訳に関する何人かの作家の小文をいくつか読んできて、全体として近代翻訳黎明期というのはどういう時代だったのか、少し知りたくなった。
著者はもともと英文学者だが、「日本人が英文学を研究すること」の意味について考えてきた。もちろんそれは英国にいる英国人が豊富な資料を手元にして研究することとは異なるわけである。英文学研究全体から見れば、おそらくは取るに足らぬその研究を行う意味とは、つまり、日本の文化との関わりにある。英文学から得るものをもって、日本の文化を豊かにすることには1つの大きな意味があるだろう。そう考え、研究に励んでいるうち、日本は第二次大戦の時代に突入していく。わずかとはいえ入ってきていた洋書の輸入もぱたりと止まる。そうした中でもできる研究として、著者が選んだのは、英文学が明治文学に及ぼした影響というテーマだった。これならば洋書が手に入らずともできるわけである。
英文学が日本文学にもたらしたものを明らかにしようとする、いわば積極的な理由と、戦時中の資料の欠乏という、ある種消極的な理由が組み合わさって生まれた1冊とも言える。
全般的に、明治以前から大正までの、広い時代の流れを俯瞰していく。翻訳者列伝というよりはまさに翻訳史である。
明治以前の翻訳文学というと、オランダ経由で入ってきたものやキリシタンによってもたらされたものがあった。古くは豊臣時代にイソップ物語が入ってきている。だが江戸期の鎖国もあって、本格的に海外の作品が紹介されるようになるのは明治期以降である。
明治の翻訳は、著者によれば、大きく5つの時代に分けられるという。
明治は激動の時代だった。一方で漢文を基本とする文語体はなお知識人層の間には根強く、しかし一方で庶民には俗語体・口語文体が好まれた。啓蒙家が広く思想を世に知らしめようとすれば、澄まして文語体に留まっていることはできなかった。翻訳者ではないが、こうした動きに大きな影響を与えたのが、文章家としての福沢諭吉であるという。平易な文章で庶民に思想を伝えようとした努力が、後の口語体の確立へのバネとなる。
庶民の間にも徐々に新時代の読み物への渇望が高まっていくのが明治11年以降である。政治への期待も大きかった時代、天下国家を動かすようなスケールの大きな冒険ものや政治小説がもてはやされ、翻訳されたり創作されたりした。ジュール・ベルヌ、デフォー、シェイクスピア、トーマス・モア、デュマ、ビクトル・ユゴー、ツルゲーネフと百花繚乱である。だが中には翻訳というより翻案、豪傑訳といった雑なものも多く、翻訳の質としては玉石混交だった。とにかく訳者が紹介したいという前のめりなエネルギーにあふれた時代だったというところだろう。
これではまずいだろうと反動が起こり、一字一句を厳密に訳そうとする周密文体というものが現れる。正確であってもあまりに読みにくい。
こうした時代を経て、口語体、言文一致へと向かっていくわけである。言文一致の旗手としては山田美妙や二葉亭四迷が知られるが、近代翻訳に大きな役割を果たしたのは、二葉亭、坪内逍遥、森鷗外の三巨頭である。逍遥は初期にはかなり荒っぽい翻訳も行っていたというが、二葉亭の真摯な態度に感化され、忠実な訳を心がけるようになったという。シェイクスピア全集を訳すなど、演劇に残した影響も大きい。鷗外はもちろん作家でもあるわけだが、翻訳作品も数多い。原典はフランス、ドイツ、ロシア、アメリカ、イギリスと多岐にわたる。これらを、正確であるだけではなく、文学的にもこなれて美しい日本語にする手腕はさすがというところか。
今日、多くの海外作品が多くの翻訳者により紹介されているが、その礎となった先人たちの苦闘が偲ばれる。
青空文庫で翻訳に関する何人かの作家の小文をいくつか読んできて、全体として近代翻訳黎明期というのはどういう時代だったのか、少し知りたくなった。
著者はもともと英文学者だが、「日本人が英文学を研究すること」の意味について考えてきた。もちろんそれは英国にいる英国人が豊富な資料を手元にして研究することとは異なるわけである。英文学研究全体から見れば、おそらくは取るに足らぬその研究を行う意味とは、つまり、日本の文化との関わりにある。英文学から得るものをもって、日本の文化を豊かにすることには1つの大きな意味があるだろう。そう考え、研究に励んでいるうち、日本は第二次大戦の時代に突入していく。わずかとはいえ入ってきていた洋書の輸入もぱたりと止まる。そうした中でもできる研究として、著者が選んだのは、英文学が明治文学に及ぼした影響というテーマだった。これならば洋書が手に入らずともできるわけである。
英文学が日本文学にもたらしたものを明らかにしようとする、いわば積極的な理由と、戦時中の資料の欠乏という、ある種消極的な理由が組み合わさって生まれた1冊とも言える。
全般的に、明治以前から大正までの、広い時代の流れを俯瞰していく。翻訳者列伝というよりはまさに翻訳史である。
明治以前の翻訳文学というと、オランダ経由で入ってきたものやキリシタンによってもたらされたものがあった。古くは豊臣時代にイソップ物語が入ってきている。だが江戸期の鎖国もあって、本格的に海外の作品が紹介されるようになるのは明治期以降である。
明治の翻訳は、著者によれば、大きく5つの時代に分けられるという。
第一期 明治初年から10年頃まで(啓蒙家の活動による準備時代)
第二期 明治11年から18年まで(政治小説の流行と乱訳時代)
第三期 明治19年から明治27、8年まで(ほんやくの軌道が定まり本格化する時代)
第四期 日清戦争囲碁日露戦争にいたる時代(ほんやくの進歩発達の時代)
第五期 明治40年代から明治末年まで
明治は激動の時代だった。一方で漢文を基本とする文語体はなお知識人層の間には根強く、しかし一方で庶民には俗語体・口語文体が好まれた。啓蒙家が広く思想を世に知らしめようとすれば、澄まして文語体に留まっていることはできなかった。翻訳者ではないが、こうした動きに大きな影響を与えたのが、文章家としての福沢諭吉であるという。平易な文章で庶民に思想を伝えようとした努力が、後の口語体の確立へのバネとなる。
庶民の間にも徐々に新時代の読み物への渇望が高まっていくのが明治11年以降である。政治への期待も大きかった時代、天下国家を動かすようなスケールの大きな冒険ものや政治小説がもてはやされ、翻訳されたり創作されたりした。ジュール・ベルヌ、デフォー、シェイクスピア、トーマス・モア、デュマ、ビクトル・ユゴー、ツルゲーネフと百花繚乱である。だが中には翻訳というより翻案、豪傑訳といった雑なものも多く、翻訳の質としては玉石混交だった。とにかく訳者が紹介したいという前のめりなエネルギーにあふれた時代だったというところだろう。
これではまずいだろうと反動が起こり、一字一句を厳密に訳そうとする周密文体というものが現れる。正確であってもあまりに読みにくい。
こうした時代を経て、口語体、言文一致へと向かっていくわけである。言文一致の旗手としては山田美妙や二葉亭四迷が知られるが、近代翻訳に大きな役割を果たしたのは、二葉亭、坪内逍遥、森鷗外の三巨頭である。逍遥は初期にはかなり荒っぽい翻訳も行っていたというが、二葉亭の真摯な態度に感化され、忠実な訳を心がけるようになったという。シェイクスピア全集を訳すなど、演劇に残した影響も大きい。鷗外はもちろん作家でもあるわけだが、翻訳作品も数多い。原典はフランス、ドイツ、ロシア、アメリカ、イギリスと多岐にわたる。これらを、正確であるだけではなく、文学的にもこなれて美しい日本語にする手腕はさすがというところか。
今日、多くの海外作品が多くの翻訳者により紹介されているが、その礎となった先人たちの苦闘が偲ばれる。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:研究社出版
- ページ数:234
- ISBN:B000JARANG
- 発売日:1970年01月01日
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