darklyさん
レビュアー:
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とても面白いアンソロジー。残虐系のトラウマではなく精神的に嫌な感じの話が多いのだが、嫌な感じで終わらず色々と考えさせられる。
題名の通り、読んでトラウマを負った、あるいはトラウマを負いそうな作品のアンソロジーです。中身は漫画あり、ディックや筒井康隆などのSF 系、ドストエフスキー(「カラマーゾフの兄弟」の一部)、夏目漱石(「吾輩は猫である」の一部)、大江健三郎、原民喜などの純文学系とバラエティに富み、ちょっと今まで読んだことがない構成の作品集となっています。
同じ読書好きと言っても好みは様々ですが、読書に人は実はトラウマを求めているという部分はあるのではないかと思います。本を読んで良くも悪くも衝撃を受け、物の考え方や精神的に影響を受けるというのは広義のトラウマと言えるのではないかと思います。筋トレによって傷ついた筋肉が再生過程で太くなっていくように、色々な本を読むことによって私たちは精神的な筋トレをしているのかもしれません。
この作品集は狭義のトラウマ、つまり主に嫌な感じの作品集なのですが、なかなか粒ぞろいで読み応えがありました。
【はじめての家族旅行】
直野祥子さんという少女漫画家の作品です。貧乏学者のお父さんの研究論文に目途がつき、明るい未来が開けようとしている中、はじめて親子三人で家族旅行することになった。家を出た後にアイロンを消し忘れたことに気づいた娘のさち子は気になって仕方ない。
いやあ、嫌な漫画ですね。子供の時だけでなく今でも出かけた後に何かの消し忘れが気になることがあります。主人公はさち子、作者は祥子(ヨシコ)ですが、さち子とも読めますので作者自身がモデルなのでしょうか。
【テレビの受信料とパンツ】
韓国の作品です。日本でいうとNHKのようにテレビがある家庭は受信料を払わないといけないのだが、お父さんはテレビを持っていないと主張し徴収人を追い返す。そして満足気にテレビを見る。そこそこ出世をしてそれほど貧乏ではないこの家庭にとってテレビの受信料など取るに足らないのだが。しかし受信料を払わないということはお父さんにとってお金だけの問題ではなかったのだ。
他人が客観的に見れば取るに足らないことであっても本人にとっては自分のアイデンティティや矜持に絡む重要なことってありますよね。子供にとっては自分の父親が精神的に崩れていくのは見たくなかったでしょう。単なる印象ですが、日本人に比べて韓国人はこういうことのこだわりはとても強いのではないかと思います。以前からある問題をいつまでも言うのもお金の問題ではなくこういうことなのかもしれません。
【走る取的】
筒井康隆さんの作品です。取的とは相撲取りのことです。バーで友人と飲んでいたところ相撲取りがこっちをじっと見ている。どうも友人との話で自分のことをバカにされたと思っているようだ。見返すが全く目を逸らさない相撲取りが気味悪く店を出たが、相撲取りが追いかけてくる・・・速い・・・しつこい・・謝っても・・
怖いですこの話。よく知らない人間を相手にする時何が怖いのだろうと想像すると例えば相手の行動や言動がそもそも理解できない、あるいは目的が分からないこと、またたとえ諍いがあったとしても最終的にはお互い落としどころを見つけるという暗黙の意思が相手に全く感じられないことなどが挙げられます。この物語が秀逸なのは相撲取りを登場させることで一般社会からは隔絶された相撲取りのメンタリティの分からなさと屈強であるというフィジカル的なプレッシャーが恐怖を倍増させることと物語の中で主人公と友人が絶望しても、読者から見れば何か相撲取りの行動の理由や落としどころがあるだろうとどこかで希望を持ってしまう心理をうまく利用しているところです。パンドラの箱の最後に残っていた希望というのはより深い絶望へのスパイスでもあるのです。
【野犬】
「カムイ伝」が有名な白土三平さんの作品。生まれてすぐに捨てられた犬は次郎に拾われサブと名付けられる。次郎は一生懸命サブを可愛がり心が通じ合っていると思っているが、サブにしてみれば自分がしたいようにしているだけである。人間に迎合せず家族や近所に迷惑をかけるサブを捨ててこいと父親に命令された次郎は。
現実への冷徹な視線が特徴である白土さんですが、これはあまりにも冷徹過ぎやしませんか?私も「志村どうぶつ園」のハイジは嘘くさいと思っていますけど、ここまでしなくても。分かってますよ、白土さんの方が正しいでしょう。でもそう思いたくない。子供には読ませたくない漫画です。
この他にも書きたい作品だらけなのですがキリがないのでこの辺で。
同じ読書好きと言っても好みは様々ですが、読書に人は実はトラウマを求めているという部分はあるのではないかと思います。本を読んで良くも悪くも衝撃を受け、物の考え方や精神的に影響を受けるというのは広義のトラウマと言えるのではないかと思います。筋トレによって傷ついた筋肉が再生過程で太くなっていくように、色々な本を読むことによって私たちは精神的な筋トレをしているのかもしれません。
この作品集は狭義のトラウマ、つまり主に嫌な感じの作品集なのですが、なかなか粒ぞろいで読み応えがありました。
【はじめての家族旅行】
直野祥子さんという少女漫画家の作品です。貧乏学者のお父さんの研究論文に目途がつき、明るい未来が開けようとしている中、はじめて親子三人で家族旅行することになった。家を出た後にアイロンを消し忘れたことに気づいた娘のさち子は気になって仕方ない。
いやあ、嫌な漫画ですね。子供の時だけでなく今でも出かけた後に何かの消し忘れが気になることがあります。主人公はさち子、作者は祥子(ヨシコ)ですが、さち子とも読めますので作者自身がモデルなのでしょうか。
【テレビの受信料とパンツ】
韓国の作品です。日本でいうとNHKのようにテレビがある家庭は受信料を払わないといけないのだが、お父さんはテレビを持っていないと主張し徴収人を追い返す。そして満足気にテレビを見る。そこそこ出世をしてそれほど貧乏ではないこの家庭にとってテレビの受信料など取るに足らないのだが。しかし受信料を払わないということはお父さんにとってお金だけの問題ではなかったのだ。
他人が客観的に見れば取るに足らないことであっても本人にとっては自分のアイデンティティや矜持に絡む重要なことってありますよね。子供にとっては自分の父親が精神的に崩れていくのは見たくなかったでしょう。単なる印象ですが、日本人に比べて韓国人はこういうことのこだわりはとても強いのではないかと思います。以前からある問題をいつまでも言うのもお金の問題ではなくこういうことなのかもしれません。
【走る取的】
筒井康隆さんの作品です。取的とは相撲取りのことです。バーで友人と飲んでいたところ相撲取りがこっちをじっと見ている。どうも友人との話で自分のことをバカにされたと思っているようだ。見返すが全く目を逸らさない相撲取りが気味悪く店を出たが、相撲取りが追いかけてくる・・・速い・・・しつこい・・謝っても・・
怖いですこの話。よく知らない人間を相手にする時何が怖いのだろうと想像すると例えば相手の行動や言動がそもそも理解できない、あるいは目的が分からないこと、またたとえ諍いがあったとしても最終的にはお互い落としどころを見つけるという暗黙の意思が相手に全く感じられないことなどが挙げられます。この物語が秀逸なのは相撲取りを登場させることで一般社会からは隔絶された相撲取りのメンタリティの分からなさと屈強であるというフィジカル的なプレッシャーが恐怖を倍増させることと物語の中で主人公と友人が絶望しても、読者から見れば何か相撲取りの行動の理由や落としどころがあるだろうとどこかで希望を持ってしまう心理をうまく利用しているところです。パンドラの箱の最後に残っていた希望というのはより深い絶望へのスパイスでもあるのです。
【野犬】
「カムイ伝」が有名な白土三平さんの作品。生まれてすぐに捨てられた犬は次郎に拾われサブと名付けられる。次郎は一生懸命サブを可愛がり心が通じ合っていると思っているが、サブにしてみれば自分がしたいようにしているだけである。人間に迎合せず家族や近所に迷惑をかけるサブを捨ててこいと父親に命令された次郎は。
現実への冷徹な視線が特徴である白土さんですが、これはあまりにも冷徹過ぎやしませんか?私も「志村どうぶつ園」のハイジは嘘くさいと思っていますけど、ここまでしなくても。分かってますよ、白土さんの方が正しいでしょう。でもそう思いたくない。子供には読ませたくない漫画です。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:筑摩書房
- ページ数:395
- ISBN:9784480435620
- 発売日:2019年02月08日
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