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献本書評
武藤吐夢
レビュアー:
 いしいしんじの才能と、狂気が、この物語には封印されていた。この深淵を覗いたものは、深淵の方からも覗き返して来る。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

 これは童話だろうか、それとも昔話であろうか?。
 正直に言うと、ゾッとした。中には、下手なホラーよりも怖い作品があった。
 学生時代、海の家でバイトをしていたことがある。
 その時、水死体が発見されたことがある。その時から、水と死は隣り合わせような感覚を抱いている。だから、水が出てくると僕は過剰反応してしまう。
 本作は、短編集だ。水と関わっている物語が多かった。
表題作、海と山のピアノなど。

 一番目の作品「ふるさと」の冒頭は、こうだ。
 わたしのふるさとは、ひとつところに落ち着いたことがない。二年に一度は村ぐるみでの「村うつり」がある。 P8
 解説に、こうある。
 鳥の声に導かれて移動を繰り返し、異国、さらに異界とすら繋がる故郷。
 現代社会において、この物語は成立しない。だが、昔話には、この手の話しがある。
 これは僕の推測だが、焼畑農業が関係しているように思える。昔、外国の痩せた土地では、場所を移動し畑を営んでいた時期があったと言われている。もちろん、初期農業の時代です。その原初の記憶が昔話として残ったのかもしれない。そこに、異界という概念をぶちこんだのかもしれない。
 表題作「海と山のピアノ」は、これは昔話が原型としか思えない。
 ある日、海岸にグランドピアノが漂流。その中に、女の子がいた。この子は、村で引き取られた。海女のおばあさんと暮らすことになる。ラスト、海に異変が起こる。異界から来た少女が救うという話し。
 津波のある離島などで伝承されている昔話に、海が赤く染まったら村人が死ぬという津波神話のような話しがあるが、あれと何となく似ている。東日本の震災の後、テレビでやっていた石碑を思い出した。「この下に住むべからず」。その下まで津波はやってきた。
 津波の悲劇は、最初、みんなの心に刻まれるが、100年200年と経過すると、教訓は白骨化し、骨格のみ残り昔話となることがあるという。
 9つの物語の中で、一番好きなのは「川の棺」という話しなのだが、これはアフリカのガーナの話しだ。人間サイズの飛行機や車のオブジェを街中で見かける。それは棺らしい。田舎町に「川の棺」という珍しい棺の習慣があるというので主人公たちは、そこに向かう。
 彼らは「やどりの家」という外と内のちょうど真ん中の場所で、服とかを裏返しにさせられて待機させられる。そして、葬儀に参加する。内部に川が流れ、魚が泳ぐ棺だ。そして、その死んだ爺さんが、彼らの仲間の靴を奪っていく。つまり、向こう側(異界)と繋がる話しだ。
 明らかに、いしいさんは、異界を意識している。あちらの世界のことだ。根底に、民俗学の知識があるように思えてならない。
 この物語群は、よく練り込まれている。発想が斬新だ。
 いくつかの物語には、明確な死臭が漂っている。異界の場として水(海)が用意されたということだろうか。
 この圧倒的な想像力と、筆力。この世界観は読むに値すると思う。
 いしいしんじという作家は、常習性のあるヤバい薬のような作家だ。
 これは、僕の最大級の誉め言葉である。
 おもしろかった。

ページ数 352
読書時間 10時間
読了日 2/10
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
書評掲載URL : https://twitter.com/m181981
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武藤吐夢
武藤吐夢 さん本が好き!1級(書評数:1367 件)

よろしくお願いします。
昨年は雑な読みが多く数ばかりこなす感じでした。
2025年は丁寧にいきたいと思います。

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